沙奈が、目を覚ましたのは沙奈を見つけてから1週間後のことだった。



意識が戻ってからも、俺達のことを見ても動揺は一切していなかった。



感情が全くないように感じていた。




そんな中、俺と翔太は話をすることにした。




「沙奈ちゃん…だよね。」



沙奈は、俺の問いかけに小さく頷いた。



言葉が出せなくなっているのだろうか。



人は、大きなストレスが降りかかると急に言葉を失い話すことができなくなると聞いたことがあった。



沙奈も、そのような状態なのだろうか。



「沙奈ちゃん、話すことはできる?」



頷いたり、言葉に反応はしているから耳が聞こえないわけではない。



「話せる。」



初めて聞いた沙奈の声。



あまりにも可愛くて、初めて声を出してくれたことに嬉しさが込み上げてきた。



「翔太、沙奈ちゃん。喋ったぞ!」



嬉しさのあまり、翔太の肩を揺すった。



「紫苑落ち着けって。まず、挨拶しないと。」



そうだ。



嬉しさのあまり、冷静さを失っていた。




「沙奈ちゃん。初めまして。

俺は、七瀬紫苑といいます。

歳は24です。

医者になるために、今は医大に行ってます。」



「同じく、七瀬翔太です。

歳は23歳。

俺も、医者になるために医大に行ってます。」



沙奈は、自分の名前を発することもなかった。


沙奈は自分の名前を名乗ることなく、俺たちの挨拶にも頷くだけだった。



それから、俺たちと関わる中でもあれから言葉を発することは1度もなかった。



沙奈の意識が回復し、状態も少しずつ改善され退院の日が決まった時、俺達は沙奈の気持ちを聞いてみることにした。




「沙奈ちゃん。


俺と翔太は沙奈ちゃんの家族になりたいって考えてます。


もし、沙奈ちゃんがよかったら俺たちの妹になってくれませんか。


もちろん、強制もしないし沙奈ちゃんが嫌と言うのであれば無理強いはしない。


だけど、沙奈を守っていくこと支えていく覚悟はあります。」


沙奈にとって、俺たちにとっても人生の大きな選択肢であったとも思うけど、それでも沙奈はただ頷くだけだった。



一緒に帰ることに同意し着いてきてくれたが、本当に沙奈は自分の意思で着いてきてくれたのか、沙奈は嫌じゃなかったのか分からなかった。




それぐらい、沙奈は自分から俺達と会話することもなかったから、沙奈との信頼関係が築けていたのかも分からない。



連れて帰ってきてからは、沙奈と多くの時間を過ごす中で、沙奈への教育は正直大変で、今までどんな教育を受けてきたのかと心配になるような事がたくさんあった。



生活面では、食事は何か言われるまで自分から手をつけなかったり、散歩の途中で外の水道の水で体を洗おうとしていた。




よくよく、沙奈から話を聞くとお風呂もシャワーも使ったことが無く、使い方も知らなかった。


お風呂に関してはいくら小学生とはいえ、思春期を迎えた年頃の女の子をお風呂に入れていいものか、異性だから最初は一緒に入って体や髪の洗い方を1から教えてあげるかは本当に迷った。



それでも沙奈は、1週間経ってから普通にお風呂に入れるようになり、自分の体や髪の洗い方を覚えてくれた。




沙奈の心の面では、最初は何も話さなくて沙奈の意思がちゃんとあるのか、気持ちが声に出せないとしたら、専門の心療内科医に診てもらった方がいいのか迷う日々が続いた。



どうしたら、沙奈の心の声を表に出してくれるのか、考えない日なんて1日もなかった。



そこはまだまだ、沙奈と正面から向き合って行く必要があるけど、沙奈の言葉は少しずつ増え、沙奈と会話を交わすことができるようにもなり一緒の時間を過ごすことができた。



本当に少しずつだけど、沙奈も心を開いてきて、自分の意思でもちゃんと動くことができるようにもなってきた。



本当に嬉しいことだ。




だからこそ、これからも大きく構えて沙奈を支えていきたいと思う。




この小さな温もりは、一生かけて守っていく。



あの日、あの夜。



あの日の出来事は、俺達と翔太、沙奈との3人の大切な記憶と思い出。