あたしたちがいきなり立ち止まったので、とりあえず列っぽく歩いていたみんなも、右に左に分かれて、廊下はもう駅のコンコースなみの雑踏感。
 大海ちゃんは、自分の細い腕からあたしの手をそっとはずすと、あたしも井森も見ずに、そのひと波のなかに入っていってしまった。
「大海ちゃん! ……い…もりィ、あんた、どういうつもり?」
 井森は(あご)に梅干しの種をこしらえて、そっぽを向く。
「だって」
 だって、なに?
「だって、あの子ったら、いつの間にかあんたのこと、有実(ゆみ)…とか、呼んでるんだもん」
 はぁ?
「あんな子、大っきらい。……バクはうみのカレシなのに。…はっきりさせとかなきゃダメなんだからね。バクにはあんたのほうが先にツバつけたんだから」
 井森……。
 ありがとね。
 でも、あんたの恋愛観にはついていけないよ、んもう。
「なにため息なんかついちゃってるの? あんたのためなんだからねっ」
 叫ぶ井森をのこして、あたしもひとの波にダイブ。
 ひとをかきわけ、かきわけ、教室の入口で、大海ちゃんに追いついた。
「待って大海ちゃん!」
「有実……」
 気にしなくていいよ。
 あたしは気にしない。
 ほら、笑ってるでしよ。
 大海ちゃんも笑ってよ。ねっ。
「わたし……」
「さっ、教室入ろ。河島がヒス起こすから」
「わたし、なにも望んでない。最初から、あきらめてるから……。ただ、有実と赤根(あかね)くんみたいな関係、いいな…と思って。わたしも、そんな男の友だち、ほしいなって。…そう思っただけだから」
 大海ちゃん。
 逃げないで。
 あきらめないで!
「なんにもしないで、あきらめないでよ!」