第8章・12月『素顔のままで』

 雑巾を6枚、冷たいバケツの水で洗ってほっと息をつくと、うっちゃまんがため息をつきながら放送ブースから出てきた。
 除電ハケやエアダスター、静電気防止手袋が入ったバケツを、ぽよよんとしたお腹のうえに抱えている。
 視聴覚室の掃除当番になると、ふつうの掃除のほかにブース内の放送機材の(ほこり)取りも加わって時間がかかってしようがない。
 その分、おしゃべりもできるけど、あたしには思い出せば今でもジタバタしたくなる恥ずかしい思い出もあるし。
 なるべくテキパキ、サササッと終わらせたいのになぁ。
「また石川に命令されたの? だめだよ、たまには突っぱねなきゃ」
「ちがう。いやだって突っぱねたら、こうなったの」
「えっ、まだあきらめないの? しつこい男だな、もう」
 やれやれと思いながら、うっちゃまんと入れ替わるようにブースのドアを開けると聞こえる聞こえる。

「おーい、伊勢。じゃもう、おまえでいい」
「なに言ってるんですか。ぼくは部活があるし。なくたって、どうせ混んでるに決まってるんだから、いやです」
「じゃ、(ばく)。行こう。な」
「やだよ。何度も言ってるだろ。おまえ、シュミ悪いんだもん」
 ぷっ!
 言われてやがる。
「あ。今、笑ったの――。やっぱりおまえか!」
「ひとりで行ってきなよ、石川。いいかげんあきらめてさ。ほらっ」
 働き者の冷たい手を頬にぴとっとプレゼント。
「ぎゃっ! 冷て。なにしやがる!」
 頬をぐいぐいこすって暴れる石川をブースのガラス越しに見て、大海ちゃんもブースのなかに入ってきた。