「――あのひと、知ってたんだ」
 聞かないで。
 あたしに聞かないでよ。
「おまえもか?」
 ううん、ううん。
「…痛い。は…なして」
 お顔い。
「あのひとが…話したのか? おまえに、話したのか――?」
 お願い。
 ふいに(ばく)の指から力が抜けた。
「痛っ」
 え?
「……いってぇぇ」
「麦!」
「…お、まえのせいだぞ。おまえが腹に力が入るようなこと、させるから」
「麦? バクッ!」
「いたたたたたた…」
「看護師さん、呼ぶ!」
 さっき看護師さんが、点滴が終わったら押してくださいって言ってたナースコール。
 どこ? どこよ。
 枕元から延びたコードの先が――ない。
 ぽふぽふ叩いて探すのに、どこにも、ない。
「ぷっ! …あはははは、いて、いて。あはは。…いてぇ。ここだ、ここ」
 麦が枕の下からブザーを引っぱりだす。
 あわててとびつくと、目の前10センチに麦の顔があった。
 笑ってる。
「もっと早く、言っちゃえばよかった、な」
「…………っ」
 光速で椅子に座りなおしたけど、顔が火ィ吹いてるよ。

「おれも、おまえみたいになれたらなぁ」
 あたしみたい…に?
「だれとでも友だちになれて、元気で、単純で、バカで、チビで……」
 ひっどおおおい。
「そうやって、すーぐなんでも顔にでちゃうしな。…ひっどおーいとか思ってんだろ」
 思ってるよ。
「仲よくしような」
 ――え?
 一瞬、すっごくやさしい横顔が見えた。
「――――追試」
 でも、そう続けてあたしに向き直った顔はもう、いつものおすまし顔で。
「んもう!」
「ぁははは…、っててて、ははは」
 この笑顔。

 今ならわかる。
 麦はさびしかったんだって。
 同じ5月に生まれたそのひとのことを知ったとき、きみはどんな気持ちだったの?
 そのひとのそばですごした毎日は、どんな日々だった?

 楽しかったですか?
 苦しかったですか?
 悲しかったですか?

 なんにもわからないおばかさんで、ごめんね。
 あたしはきみのそばにいるだけで。
 きみが笑っているだけで。
 こんなに、こんなに、幸せです。