ばかな…子。
 あなたの大切な腕でしょ。
 きれいなものを、いくらでも生み出せる。
 あなたの魔法の腕でしょ。

「あたしは逃げたから。赤根(あかね)…くんに、きらわれてもしようがないと思う…けど」
 しようがない?
 本当に?
 それでいいの?
 あきらめられるの?
「……赤根、くんは、逃げないで、ほしい」
 あたしから。
「みんなから……逃げないでほしい!」
「…………」
 (ばく)はドアに手をかけたまま返事をしてくれない。
 あたしはもうそんな麦を見ていられずに、ジグザグと移動しながら薄くなる赤い光を目で追っていた。

 ガッ! アン アン ァン

 力まかせに開けられたドアが、だれもいない教室に響かせるさようなら。

「麦でいいって言っただろっ!」

 顔をあげたときには、麦はもう廊下を走っていた。
 目で追いかけても、薄暗がりにもうそのうしろ姿は見えない。
 あたしが見つめられるのは、うしろ姿だけなのに。
「ばっかやろ――っ!」