「うわっ。石川が、相田を泣かしてるぞぉ」
「おい、やべぇって。河島きちまうぞ」
「なんだ、なんだ、どーしたって?」
ざわめきが教室に広がっていく。
ふいに石川の手があたしの腕をつかんだ。
「フケるのか。出るのか。どうすんだ」
「――――出る」
出る。
もう、逃げない。
手の甲で思いきり頬の涙をとばして教室にかけこんだ。
石川とふたりで。
麦は帰って来なかった。
* * *
「おれは、やるって言ってない」
「いなかったんだから、しようがねえよ」
あの日、麦が教室に帰ってこなかった日、最後の授業はLHRだった。
中心の議題は体育祭の参加種目で。
かならずどれかに参加しなければならないなか、だれも手を上げなかった体育祭名物の10キロ走。
結局、帰って来なかった麦と『いないやつに押しつける以上、オレも出る』って言った石川がエントリーすることになって。
今さっき、SHRで配られた実行委員会発行のプログラムを見て、
「なに、これ」って言った麦に、説明しかけた伊勢くんを押さえて、
「オレが話すよ」って石川が立ち上がったから、
帰り仕度をしていたみんなが今、かたずをのんでふたりを囲んでいる。



