立ちすくむあたしの横で空気が動く。
 (ばく)をつつむ冷たい――風。
 ああ……。
 こんなときでも、あたしの目はあなたの背中を追いかける。


 教室の手前の廊下に石川が立っていた。
「どうしたんだよ有実(ゆみ)。いきなり欠課なんて心配したじゃないか! 赤根(あかね)は? 赤根もいっしょか?」
 4時間目まで、あと3分。
「石川……。い…やだ、なんでよ。あたしは頭が痛くてちょっと…保健室に行ってたんだよ」
「まだ痛むのか? やっぱ、この間のあれ、打ちどころが悪かったんだぜ、近藤のやつ――!」
 ちがうよ。
 ちがう…の。ごめん、石川。
「風邪でもひいた、かな? もうなんでもないし」
 あっち行ってよ。
 これ以上、うそをつかせないで!
「風邪? 大丈夫か? 熱は?」
 石川のごつい手がおでこにふれる。
「石川……」
 なんでこの手じゃダメなんだろう。
 どうしてこの声じゃ、ダメなんだろう。
「苦しいのか? 早退するなら送ってくぞ? 河島の古文なんか、さぼったって、ちっとも気がとがめねぇもん」
 まつげに止まっていた涙が、落ちた。
「有実――?」
 神様!
 あたしはこれ以上、逃…げられません。
 これ以上、ずるい女の子に、なりたく…ない。

「麦が……好き…な、の」
 始業のベルが鳴っている。
 石川の顔は見られない。
「…んなこと、知ってら」
「…………」
 石川がこんなに小さい声を出せるなんて。
 ごめん。
 涙がぱたぱたと石川の上履きに落ちていく。
「ご…めん、ね」