「どうしたの? まさか、歌でも聞こえてきた?」

 軽く笑いながら彼の横顔を覗き込む。

「……」
「ラグ?」

 彼は瞳を大きくして前方を見つめていた。
 私も彼の視線の先を見たが特に今までと変わらない長閑な風景が広がっていて首を傾げる。と、彼は再びゆっくりと歩き始めそれについて行く。
 すると間もなく森への入り口が見えてきて、これまで歩いてきた街道がその奥へと続いていた。

(これが、レーネの森?)

「こんなに……」
「え?」

 彼は呆けたように呟くと足を速めた。そのまま街道を外れ緑の茂みの中へと入っていくラグを慌てて追いかける。
 彼はまっすぐに伸びる一本の木の前に立つと、その幹にゆっくりと手を触れた。まるで術の力を借りるときのような優しい目つきで彼はそのまま緑の天井を見上げた。
 私もその視線を追う。木漏れ日がキラキラと降り注いでいてとても綺麗だった。思わず目を閉じて深呼吸をすると、鳥たちの楽しそうな囀りが耳に入ってきた。

「オレが最後に見たのは、火の海だ」
「え?」

 不穏な言葉にどきりとして私は彼に視線を戻す。
 ざぁっとそのとき風が吹き抜けて森の木々が大きく騒めいた。