そうして背を向けてしまった彼に私は言う。

「なんでもなくないでしょ?」
「大丈夫だ」
「大丈夫には見えないよ」
「……ただ、夢を見ただけだ。だから、大丈夫だ」

(夢……? もしかして、レーネの……?)

 ――なんで私は、彼なら大丈夫だと思ったのだろう。
 明日、いよいよ因縁の地に……彼にとって一番辛い場所に足を踏み入れなければならないのに、不安にならないはずがない。

 彼がいくら強く見えたとしても、大丈夫なはずがない。

「もしかして、ずっと眠れてないの?」
「……眠っても、どうせ胸糞悪ぃ夢を見るだけだ」

 掠れた声が返ってきて、私は続ける。

「いつから」
「……うるさい。いいから、お前は寝ろ」

 ひょっとしたら昨日だけではなくずっと、船の中でも彼は眠れていなかったのではないか。だとしたら――。
 ふと見れば、彼の枕元にいるブゥが私の方をじっと見つめていた。まるで何かを待っているように。
 私はそんなブゥに小さく頷いて、ベッドを降りた。
 そのまま隣の彼のベッドに腰を下ろすと、彼の背中がびくりと震えた。

「なっ、」

 こちらを振り向いた彼に私は優しく微笑んで、小さく口ずさみはじめる。

 ――彼のための、子守唄を。