「ヤなこった!」

 パシっと彼女はその手を振り払ってしまった。
 そしてふらつきながらも彼女はなんとか立ち上がり、グリスノートの前で仁王立ちになった。

「今更イディルに戻る気はさらさらないね。あたしはこの海賊の暮らしが性に合ってるんだ!」

 アヴェイラはそうしてこの間私に話したときと同じ悪い顔で笑った。

(アヴェイラ……)

「ってことでグリスノート、そろそろあたしの船から出て行ってもらうよ。……すまないね、少し力を借りるよ」

 彼女が優しい声音で呟き両手を広げる。

(術!?)

 グリスノートもすぐに気づいたのだろう。

「おい待て、アヴェイラ!」
「風を、此処に……!」

 ふわり、グリスノートの身体が風に包まれ宙に浮かぶ。風の中なすすべなくじたばたともがく彼をアヴェイラは優しく目を細め見上げた。

「――でもさ、あんたの気持ちは嬉しかったよ」
「アヴェ……うおああぁーーっ!」

 グリスノートが向こうの船へと弧を描いて飛んで行くのをぽかんと見送っていると、彼女がこちらを振り向きぎくりとする。

「フィル、あんたももう行きな。短い間だが世話になったね。向こうでも頑張りな。もう落ちたりするんじゃないよ!」
「えっ!? あっ、こ、こちらこそお世話になりましたあああぁ~~!!」

 続いてフィルくんも風に乗ってあっという間に飛んで行ってしまった。
 次は私かと身構えるが、彼女は再びくるりと背を向けてしまい、あれと首を傾げる。

「さて、ラグ・エヴァンス。あんたにちょいと話があるんだ」

 ――え?

 まだ小さなラグに向けられた声が急に不穏なものに変わった気がして、胸がざわついた。