数ヵ月後。
都内のビル。

エレベーターを降りると、壁も床もベージュやピンクの優しい色で統一された落ち着く空間。
まだ器具の搬入もあり業者の出入りはあるけれどほぼ出来上がった室内に、乃恵が足を踏み入れる。

「院長先生、お疲れ様です」
白衣を着たスタッフが、乃恵を見つけた。

「おはようございます。あの、院長先生はやめて下さい。なんか、人ごとみたいで」

別に照れているわけではない。
普通に『乃恵先生』って呼んでもらう方が気が楽だから。
ここの責任者である以上、院長って呼ばれるべきなのかも知れないけれど、乃恵にはまだしっくりこない。


「乃恵ちゃん、こんにちは」

「あ、麗子さん。あれ、一華さんも」

約束をしていたわけではないけれど、尋ねてきてくれた2人。

「どうぞ座ってください」
乃恵は広げかけた書類を片づけて、イスを出した。

春らしいパステルカラーのニットにパンツを合わせた一華の腕には優華が抱かれている。
目元は一華、口元は鷹文に似たかわいい女の子。
時々「あー、あー」と一華に向かって手を伸ばす。

かわいいな。
小さな子はいくら見ても飽きない。

「ねえ、いつから診察を始めるの?」

ゆったりしたワンピースを着てお腹をさする麗子。

「来月くらいから始めたいと思っていますが」
まだ前の病院での残務もあり、なかなか体が空かない。

結局、徹が用意してくれた『乃恵レディースクリニック』の開院計画に乗っかることにした乃恵。
不安や迷いがないと言えば嘘になるが、今の自分達にとってこれが最善策だと思えた。
経営に関しては引き続き弘道がサポートしてくれるみたいだし、山神先生のお陰で大学病院との連携も上手くいった。
なんとかやっていけそうなめどが立った。