「鷹文」

無表情でたたずむ鷹文に、一華が声をかけた。
言いたいことはたくさんあるはずなのに、その先が続かず言葉に詰まった。
それに、さっきの騒動で浅井の名前を出してしまったから、鷹文の元には店の人が集まっていて、とてもこの場で話ができる雰囲気ではない。

「少し外へ出ようか」
「うん」

鷹文が支配人と話を付けてくれて、2人で店を出た。


綺麗に芝生が張られ、ライティングまでされた庭。
さすがにこの時間に散策する人はいないけれど、ベンチやテーブルもいくつか置かれゆっくり話ができる空間。

「迷惑をかけてごめんなさい」
一華の方から口火を切った。

「迷惑?」
何が?と言いたそうに鷹文が聞き返す。

「さっき若い子に絡まれて、警察を呼ぶって言われたものだから浅井の名前を出してしまったの」
きっとそのことは鷹文の耳にも入っているはず。

「ああ、支配人から聞いた。申し訳ないと頭を下げられて驚いたよ」
「そう」

「それだけ?」
「え?」

「一華が謝るのはそれだけなのか?」
「ええっと、」

わかっているけれど、素直に言葉が出てこない。
すると、
ムギュッ。
いきなり鷹文に頬をつねられた。

「い、痛いっ」
慌てて逃げようとするけれど、結構しっかりつままれていて逃げられない。

「心配かけてごめんなさい。だろ?」
最近聞くことのなかった強い口調。

「うん、ごめん」

「ちゃんと言って」

「心配かけてごめんなさい」
「うん。許す」

「守口さんにも謝るわ」
「そうだね」

「鷹文、こんなわがままな奥さんは嫌いになった?」

最近ずっと、聞きたくて聞けなかったこと。
何をしても文句の一つも言われなくて、もう愛されていないんじゃないか、見捨てられたんじゃないか、そう思っていた。