診察室でキレられたときから、おかしいなと思っていた。
でも初めての育児での疲れだってあるだろうと、気づかないふりをしたつもりだった。
産後の女性は往々にしてストレスを抱える傾向にあるし、財閥の奥様となれば世間の注目もある。
大変そうだなくらいにしか思わなかったが・・・

「ごめんね、いい年をして」
クスンと鼻を鳴らしながら、一華は涙を抑える。

「いいんです、気にしないでください。こんな時に呼び止めてしまって、すみません」

「そんなことないから。乃恵ちゃんに会えて、凄く」
うれしいと言いたいんだろうけれど、涙で声が詰まってしまった。

困ったな。
本当は、乃恵にも話したいことがあった。
子供の頃から徹を知っている一華に、聞きたい事があったのに・・・

本当に、困った。
そう思った時、

「あれ、乃恵ちゃん?」

店の入り口から、聞き慣れた声。

顔を上げて相手を確認し、

「麗子さん」
助けを求めるように乃恵が右手をあげた。


ちょうど背中向きに座っていた一華に気づかなかった麗子は、乃恵の座るテーブルまで来たところで驚いたように目を見開いた。

「えぇっと・・・一華ちゃんと乃恵ちゃんが、どうして?」

いきなり2人でいるところに遭遇した麗子からすれば、驚きしかない。
徹はあまり私生活を語るタイプではないし、一華も徹のことを苦手にしていた。
接点なんてないはずなのに。

「癌検診に来たら先生が乃恵ちゃんだったの」
とってもシンプルに答えた一華。

「じゃあ、何で泣いてるの?」
これは一華に向けた言葉。

「えっと、」
「それは・・・」
乃恵も一華もうまい答えが出てこない。

「まあいいわ。私も混ぜてちょうだい」

麗子は空いた席に座りオレンジジュースを注文した。