午前8時半。
鈴森商事専務秘書室。

「おはよう」
「おはようございます」

早くから出勤していた小熊が麗子を迎えてくれた。

「今日は専務が不在ですから、ゆっくり出勤すればよかったのに」

勤務開始より30分ほど早く現れた麗子に、真面目ですねと笑ってみせる。
そう言っている小熊くんの方がもっと早くから来ているじゃない。と思ったけれど、これは言わないでおこう。

「専務は週末まで出張だから、その間に引き継ぎを進めましょうね」
「はい」

元気に返事をする声は、6歳年下の若者らしいもの。
正直、初めて小熊を秘書課にと聞かされたときには不安もあった。
営業に入って2年のまだ新人でもあるし、明るく元気な分落ち着きというか冷静な対応が苦手なようにも思えた。
しかし、当時は社内のゴタゴタもあった時期で麗子が口を挟めるような状況ではなかった。

「青井さん、急ぎの仕事はないんですから少しはゆっくりしてください」

バタバタとデスク周りの片付けを始めた麗子に小熊が言うけれど、彼は既に仕事を開始し書類の山と戦っている。

「自分だって、随分早くからきたんでしょ?」

2人分入れたコーヒーの一つをデスクに置いた麗子。

「まあ、これでも焦っていますから」
「そお?」
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いつも飄々としている小熊からは、焦りなんて感じられない。