明日、雪うさぎが泣いたら



「どうしたら、お前の中からそれを殺してやれるのだろうな」

《医師が口にしていい台詞ではないですよ》


物騒なことを言う恭一郎様を、雪狐が諌めた。


「本当に大丈夫です。何度も言うように、悪夢なんかじゃなくて……今朝は悲しい夢でした。私は、本当に自分に都合のいいことしか見ていなかったんだなって。記憶が途切れ途切れなのは、そのせいかもしれません」


都合の悪いことだけ、忘れていただけなのかも。
恐らく、他にもまだまだあるはずだ。
受け入れがたい事実は奥底に沈め、嬉しくて楽しい記憶はすぐに取り出せるように浅瀬に置いて。


「……小雪? 」


そういえば、恭一郎様にこんなふうに漏らすのは初めてだ。
あの夢に対して、いつも肯定的なことばかり主張していたから。
ますます心配そうに見つめられ、慌てて首を振った。


「知ってたんです。あの子は、もう私に会いたくないんだって。でも、いざその場面を思い出すと悲しくて……夢の中の私も、泣いていたから」


雪狐は気を遣って、拒んでいるのは現在の成長した男の子だと言ってくれたけれど。
今朝の夢からして、あの時点で既にもう二度と会わないと彼は決めていたように見えた。


「仕方ないです。よく知らない子の子守りなんて、誰だって困りますよね。……兄様も」


私は何を言おうとしているのだろう。
もちろん、兄様にはあの子以上に迷惑を掛けたし、その期間も長い。
子供の頃どころか、今になってもずっとだ。
けれど、それを訊ねたとして答えを強要しているようなものだ。
それも、もう兄ではないと言うただの恭一郎様に。