「私も楽しかった。それだけだ」


恭一郎様の手の方が、ずっと冷えているだろうに。優先された私の手は、もうじんわりと熱を帯びている。


「……いや、違うな。言ったように、これで少しは私の印象が回復したらいいと思っている。何とか、これを利用できないものかと」


また、言わなくてもいいことを。
じとっと見上げてみたが、怒る気にも拗ねる気にもならない。
寧ろ、心配になるくらいだ。
どうして、そう素直に言えてしまうのだろう。
彼は自分を狡いと表現したけれども、本当は私の方が比べものにならないくらい狡いのだと思う。


「お前が、私に機会を与えてくれたのが嬉しい。……私はお前にしてやれないことも多いが、その分できることはすべて叶えたいと思っているから」


けして、一方的で自分勝手な愛情ではない。
譲れないことはあっても、いや、絶対に譲れないものがある分、譲歩できるところはひたすらに甘い。


(……本当ね)


一彰に言われたとおりだ。
恭一郎様は何も変わっていない。
私が知らないでいたことが急に目に入り出して、私一人狼狽していただけのことだ。


「……あ……」


そう認めたとたん、袖の内側ですとんと私の指先が落下する。
だからと言って、別に地面に叩きつけられるわけではない。
なのに、恭一郎はひどく驚いた顔をして、慌ててその手を捕まえてくれた。

絡むとも言えない、不安定な繋ぎ方だ。
指の第一、第二関節くらいにどうにか彼の指が引っ掛かっている。
解けそうで解けない、でも、怖くない。

――怖くないのは、どちらの理由からだろうか。