「借りものじゃなくて、本当に男の人なの? 雪狐が人の姿になったら、素敵だろうな。あ、それか私が狐になるとか」
《……それも愛らしいでしょうが。そう返ってくるとは思いませんでした。喜んで良いものやら》
「最終手段じゃなくて、わりとあり得るかもな。恭を逃したら、もうそれしかないんじゃないか。幼馴染みの情けだ、その時は裏庭に二匹分供えてやるよ」
それも楽しそうだと一彰がせせら笑う。
もしもそんなことがあったら、律儀に毎日お供え物をする一彰を、こっちこそ笑ってやろう。
「ねえ、そういえば。一彰が……恭一郎様と仲良くなったきっかけって何だったっけ」
私が物心ついた時には、二人でつるんでいたと思う。
それから、元服も官に就いたのも、出世の時期もほぼ同じ。
「俺は……お前らの父君には本当に良くしていただいた。野垂れ死んでもおかしくなかった俺を助けてくださった時、ちょうどあいつも側にいたんだ」
「……そっか」
一彰の幼少期は恵まれなかったと、聞いた覚えがある。
だから、この家にとても恩義を感じてくれていて、私のことも必死で助けてくれたと。
もちろん、そこには恭一郎様や私との友情もあったと思うけれど、一彰がどこか一歩引いているのはそのせいだ。
「答えを出せずにいるのなら、せめて会ってやれ。全て突っぱねたまま、断るつもりか? 」
この世界の恋愛を否定しながら、自分も同じことをしていた。
今在る常を嫌悪しながら、変化を恐れていた。
さっきの坊やや一彰の言うように、よく知ろうともせず拒んでいたのだ。
《大丈夫。関係が変わろうとしているだけで、これまでの折り重なった記憶が消えたわけではありません。姫も医師殿も、良くも……悲しくも》
「……うん」
兄妹であることは失っても、兄妹であったつい最近までの記憶は消えない。
それは温かくもあり、すきま風が呼び込む粉雪のように胸の奥が痛むほど冷たくもある。
「……寒。大雪の部屋が吹雪くとは最悪だな。こんなところに通いたがる男の気が知れん」
白い塊を残したまま宙を舞う雪を一彰が疎ましそうに睨んでいる。
つられて私も目で追うと、急に事切れたように鏡に落ち――やがてふっと水滴へ姿を変えた。



