「ばーか。あの場では、仕方なくああ言っただけだ。本気でお前を姫君と崇めてるわけじゃない。勘違いするなよ」
その声は絶対に照れてる。
その方が、比べ物にならないくらい嬉しいと知っているだろうに。
長閑と顔を見合わせて吹き出してしまった。
「ま、いつか何かしら言ってくるだろうとは思ってた。ついでとは言え、お前に会われたらいい気はしないのも分かるしな。あの嫉妬深い男が、よくここまでもったものだと感心するくらいだ」
今度のことは、一彰の想定内だった?
驚いて彼を凝視すると、一彰は不愉快そうに眉間に皺を寄せた。
「頭がおかしいんじゃないかと言いたくなることもある。目的の為なら手段を選べない奴じゃない。冷酷な判断だって下せる。……でも、感情がないわけじゃないことは知ってるだろ。手段を選ばないんじゃない。選ばないことができるだけだ。俺の知る限り、恭はずっとそうだった」
一彰が言わんとすることが分かり、目を伏せた。
私は、急に兄様が変わってしまったと思っていた。兄様という人は、もういなくなってしまったのだと。
でも、そうじゃない。
そうせざるを得なかった理由は、きっとあるのだ。
兄妹の関係は壊れてしまったかもしれないけれど、いつだって私の為を想ってくれていた愛情は私もずっと知っていたはずなのに。
《姫を責めるような言い方は慎みなさい、陰陽師殿。医師殿は、意図的にその一面を姫に見せようとはしなかった。姫が医師殿をいい兄としか見ていなかったのは、ある意味医師殿の思惑どおりでもあるのです》
雪狐はやはり私贔屓だ。
一彰が不服そうに鼻を鳴らす。
《これから医師殿を見て、知ればいいのです。はてさて、男としては如何なものか。惹かれなければ、別の者でもよいではありませんか》
「物好きが他にもいればな」
一彰から見下ろされている雪狐を抱き上げると、二又の尾っぽが悪戯に揺れる。
《物好きとやらは、けして少なくはありませんよ。まあ、最終手段として、私も名乗りを挙げておきましょうか。雪兎の君は、なぜか私の性別を確認しておられましたしね》



