「……ひとつだけ、言わせてもらうならば」
異変に気づき、とことこと雪狐が駆けてくる。
足音もなく、気づかれることなく見ていることもできるのに、わざとそうしたのはきっと兄様への牽制だろう。
「私の中で、特段大きな変化はない。元々、お前をただの妹だとは見ていなかった。お前はいい兄を失いたくないあまり、私の善い面しか見ていない。残念ながら、そんなものはあまりに部分的で……本当は、このまま兄でいたとしても、いつ壊れてしまってもおかしくはなかった」
兄のまま過ちを犯すよりはまだましだと、ちっとも笑えないことを言い、また少し笑う。
「そんな。それなら、どうして他の殿方を探してみたりなさったのですか? それは、兄様がこれまでそんなつもりがなかったから……」
「だが、結局お前は誰も選ばなかった。それはお前のせいでもなく、相手がお前に興味がなかったのでもない。きっと、私が本気ではなかったからだ」
何かを思い出したのか、ふと上向いた兄様の視線を追って気づく。
もう、こんなにすぐ側にいたのだ。
こんな夜更けに限って、兄様の薫物を感じなかったのが悔しい。
それが何だか申し訳なくて、きっと本当に兄様の方こそ冷えているのが悲しくて。
もしかしたら、ううん、絶対に、長いことここで身を冷やしていたのだ。
私に逢う為と言うよりは、ただ、そうするべきだというように。



