ギシ……と、床を踏む音に気づいたのと同時に、もう何度目か手が空を切る。
「……兄様こそ、ここで何をなさっているんですか? 私より、医師殿が風邪を引く方が困るでしょう」
医師殿なんて呼び方をしたのは、完全に腹いせだ。
嫌な言い方でしかなかっただろうに、闇の中、クスッと笑う音が妙に耳についた。
「それを厭うていても仕方ない。姫君に逢いに来たのだから」
他人扱いされて寂しいとも、嬉しいとも聞こえる笑い声。
あれほど望んだ月光が、途端に不要になってしまう。
早く雲に隠れて、月明かり。
でないと、この人の顔を見なくてはいけなくなる。
兄様と同じ顔をした、このひと。
「姫が外で遊ぶにはもう遅い。本当に寝込む羽目になるぞ。早く中へ……
「……中へ入った時点で、あなたは私の兄様です」
前半の戯れはただの意地悪だ。
ただ、本当に風邪を引かせたくないだけ。
そんなの分かっているけれど、もう後には退けなかった。



