ぐっと詰まる一彰を無視して、狐さんの鼻先が手の甲に触れた。
《これより、お側でお仕え致します。我が姫。貴女がどの世界を選ぼうと、どこにいらっしゃろうと。貴女が幸せでいられますように》
まるで、手に口づけられたみたいで照れてしまう。
そんな私に呆れ果てた視線が降ってきたが、気がつかないことにする。
「ありがとう。でも、どうして? 私、あなたに何も……」
どうして、そこまでしてくれるのだろう。
私の子供の頃を知っているようだけれど、狐さんに何かしてあげた記憶はない。
もっとも、その頃のことは何もかも朧だ。
やっぱり、 私は大事な何かを忘れてしまっているのだろうか。
《それが、あの男子の望みでもあるのです。雪兎の君。それに、私の咎も。ああ申し上げたものの、私は医師殿の気持ちが分かる。ずっと大切に見守っていたものを、いつしか狂おしいほど愛しくなるということが》
もふもふした手触りと、耳から伝わる甘い台詞の差異に何だか混乱してしまうけれども。
「咎だなんて。ごめんね、私あの頃の記憶がなくて……でも、だから気にしないで。本人が忘れているくらいなんだもの。だから、負い目なんか感じないで、普通に友達になってくれたらいいな」
何にせよ、ここにいる狐さんは邪悪な存在などではなかった。
既に抱きしめてしまっている、もふもふを手放す気には到底なれない。



