「そこから逃げていては、いつまで経っても何も解決しませんよ。貴女が再びいなくなってしまったとしてもね。もしも、恭一郎殿を想うのなら、優しいあの方に奪わせてあげなさい。ただし、それは貴女の意思でないと駄目なのよ」
矛盾している内容を尋ねる間もなく、母様は素早く立ち上がり、何事もなかったかのように部屋を後にした。
母様はどうやって、ご自分の想いを貫いたのだろう。
自分のことは棚に上げ、尼削ぎの後ろ姿をぼんやりと見送る。
「最低だって知ってる。私、惹かれているんだわ」
「……小雪」
憧れの人が、これまで恋愛対象でなかった理由はただひとつ。家族だからだ。
恋をしてないけない存在だから、強制的にそこから追いやっていただけ。
それをいきなり許可が下りたものだから、戸惑っている。
「七緒様が仰ったように、そう遠くなく答えは出てくるのではないかしら。恭一郎様だって、これからは兄君ではなく一人の男性として行動されるのでしょうし……最初は戸惑ったとしても、自ずと気持ちははっきりするかもしれないわ」
そうだろうか。
それはそれで、少し怖いけれど。
「願わくは、ここで幸せになってほしい。側で見ていたいのよ。でも……一番大事なのは場所ではないから」
まるで、近くどこかに消えてしまうのを知っているみたい。
長閑の泣き笑いが切なくて、少し震えた手をそっと包み込んだ。



