「言っておくけれど、恭一郎殿に話を頂いたのはもう随分前のことよ。こちらが可哀想になるくらいに悩んでいらしてね。あの方が、昨日今日の思いつきでこんな騒ぎにするとお思い? 」
もちろん、答えは否だ。
兄様が口にした時点で、悩み抜いた結果なのだ。
だから、きっと覆すつもりはないだろう。
「そんなに妖狐や天狗に小雪を奪われたくないのなら、いっそさっさと手をつけてしまえばいいと申し上げたんですけれどね。事はそう簡単には運ばないとそれはお怒りになって。何でも真剣に考えすぎてしまうのは、昔からあの方の悪い癖ね」
(……そりゃあ怒るでしょうよ)
おほほと袖を口許に当てる母こそ、ある意味狐か鬼である。
娘に手を出せと唆すなんて。
それも、自分を兄と慕う子をだ。
当然、兄様の悩みも今後の展開も理解したうえで冗談ぽく言ってみせたのだろうけれど。
「風当たりは強いでしょうとも。だからこそ、恭一郎殿は今の今まで答えを出せなかった。保身ではなく、貴女の為に悩まれたのです。これまでのどんないい縁談も、貴女は興味を示さなかったから」
どんな思いで探し、寄越したのだろう。
それは少なくとも、今の私と同じくらい複雑だったのだろうなと思う。



