鬼ごっこだって、そう。
私が捕まえることができたのは、きっと自分よりも大きな背中が止まったままでいてくれたから。
それにそもそも、私は鬼の経験はあまりなかった。
必死で何かを追いかけたことが、ずっとなかったんだ。
「言ったじゃないですか。私、絶対にあなたを諦めません。どんなに難しくたって、絶対に」
ぎゅっとしがみつけば、「調子がいいな」と笑う。本当にそうだ。
だって、私はこれまで逃げてばかりだった。
「そういえば、どうして邸に戻られたのですか? 途中で、お加減が悪くなったとか」
「いや。何となく、あいつの行動に気を配ってはいたのだ。ここ最近、特にお前のことを知りたがっていたからな」
最初は、覚えのある妹の頭を撫でるように。
次第に、赤くなった頬を隠す髪にちょっとだけ苛立つように、耳へと掛けるようにすかれた。
「……じゃ……もうお勤めに戻るのですか? 」
「お前にそうまで言われたら、戻る気も失せた。……まったく、女人は……というか、お前は恐ろしいな。兄でいては見れない顔が、こんなにもあるのか」
私だって、自分で信じられない。
でも、今は照れよりも、何が何でも離したくないという気持ちの方が勝っている。
いずれ失ってしまうかもしれないと思うと、怖くて怖くて――恥ずかしがっている暇などないと焦ってしまうから。
「……そういえば、一彰が言っていたのを思い出した」
それで、どうするつもりなのだと見上げれば、まるでたった今思い出したと嘘っぽく言った。
「今日は、あちらは方角が悪い。……つまり、方忌みだ」
嘘でしかあり得ない、嬉しい言い訳。
生真面目なこの人らしくなく、一瞬ぽかんとしてしまったけれど、クスクスと笑ってしまう。
「陰陽師殿が言うなら、仕方ありませんね」
「ああ。致し方ないことだ」
再び降りてきた唇は、先程よりも落ち着いて――どこか、とても急いている。
それでいて、やっぱり優しいのが私の涙を誘う。
それはまるで、どうせこの先、これほど悲しいことはないのだからと言われているようだ。
だからと言って、こんなにも溢れてしまえば、目を閉じたまま器用に拭ってくれる指先まで冷やしてしまう。
――本当に、そんな暇はないの。
どんなに赤く腫らしていたって、この目を必死で開いていなくちゃ。
もっともっと、ずっと――この温もりを感じていたい。
どうかお願いだから、こんなにも急がなくてもいいのだと教えて。
そう懇願する一方で、私もまた真っ白な世界に包まれながら、何も考えられずに急いているのだ。



