「男だなんて。まだ、ほんの小さな頃の話ですよ?あの子だって、私をあやしてくれていたのにすぎないのに」
ちょっとした嘘を吐き、すぐに後悔した。
兄様にばれないはずがないし、嘘だという時点でやましいところがあるのだから。
「お前はその後の記憶が曖昧だからな。楽しい思い出だけ、強く残っているのだろうが。あの時、本当に皆心配したのだ。やっとこの世に戻ってきたと思ったら、酷い熱で危険な状態だった。今、こうしてお前がここにいるのが不思議なくらいに」
恐らく、熱のせいなのだろう。
兄様のいう通り、私はその頃のことをよく思い出せない。
一彰と兄様が見つけてくれるまでの数日、一体どこで何をしていたのか。
それだけじゃない。
一彰のことも、長閑のことも。
両親や邸の皆のことだって、しばらく記憶から抜け落ちていた。
もちろん、兄様のことも。
「何も思い出せないお前に、本当に皆参ったのだ。泣くし、かと思えば逃亡を計ろうとするし。……私をその男と間違って、違うと分かればまた泣いて。お前をそんな目に遭わせるなど、妖怪でなければ何だと言うのだ?」



