以前は、際限なく甘かった目。
今は制限こそあれ、だからこそより強い甘さを感じる。
本人が認めているように、ある種病的とも言える甘ったるさ。
「ともかく、決まりだな。後で話が来るだろうが、逃げるなよ」
「……逃げません。そっちこそ」
過剰に反応してから、挑発されたことに気づく。案の定、恭一郎様は楽しげに笑っていた。
「では、またその頃に」
名残惜しいと、優しく後頭部の方から髪を浚い撫でていく。
撫でたのが頭ではなかったのは、恐らく意図したものだろう。
その髪を手に取ったまま、ゆっくり口づけが額に降る。
囚われたまま瞬きすら許されず、黒目の奥まで見透かされ。
そしてそのくせ、一度も振り返らずにさっさと帰ってしまった。
「……でも、私までお許しをいただけてよかったわ。知らない邸で、どこの誰とも知れない者に小雪を任せるなんて、絶対に嫌だもの。一彰が恭一郎様の味方でも、私は小雪と一緒にいる」
きゅっと回された、細い腕に手を重ねる。
「ありがと。でも、無理はしないでね。私だって、長閑には指一本触れさせないんだから。一彰には悪いけど」
「な、何を言っているの……」
照れから腕の力が緩んで、笑って親友の肩にこつんと頭を預けた。
恭一郎様にとっても、長閑は妹のような存在だ。
私がそうではなくなってからも、ずっと。
だから、彼女に酷いことはしない。
少なくとも、そこは変わらない兄様のままだと信じたい。
《私は一応、医師殿の思考の癖は理解しているつもりなのですが。……そうだとしても、このやり方は好きませぬ》
長閑の震える手を見つめながら、雪狐が珍しく吐き捨てるように言った。
「……ううん、それは違うよ。雪狐」
やり方が汚いのは、恭一郎様じゃない。
思わず目を瞑りたくなるのは、この期に及んであの夢を思ったから。
瞼に残る唇の感触が、それより冷たくも熱くもあるように感じたから。
口づけられたのは額なのに、なぜか肌を下り、じんじんと広がっていく。
額から瞼、目の奥――じゅくじゅくと膿むように傷んでいくのだ。



