だから、泣いたりなどするものか。
これだけ何度も確めてくれているのに、それはあんまりだろう。
嫌ならば、今泣いてみせればいい。
そうすれば、きっと――裏庭でのことはなかったことにしてくれる。
少なくとも、今邸に来いとは言わないはずだ。
この場で押し倒されたのならともかく、自分で手を取っておいて悲劇にするつもりはない。
「その時は、張り倒してやろうという顔だな。言っておくが、以前なら倒されてやっても今は断る。……昔は、やられっぱなしだったがな」
何度も捕まえてくる腕を振り払ったし、その胸を叩いたこともある。
困り顔でされるがままでいてくれたのは、歳の離れた兄だったから。私は子供だったのだ。
「……ま、それはおいおいだ。今はまだ、そう言える」
一体、私のどこをそこまで好きになってくれたのだろう。
恋情というのは、本当にままならないものだ――他人事のように思ってしまうのは、答えを先延ばしにしているだけ。
記憶のこともそうだが、この人への想いも早くはっきり見えたらいいのに。
「それに、だ。私が持っている情報が正しいとは限らないし、すべてでもない。全部は教えないかも知れなければ、嘘を言う可能性すらある。仮に私が隠してきたことを教えたとしても、お前の記憶が戻る保障はどこにもないのだぞ。それでもいいのか? 」
嘘を吐くつもりなら、どうして事前に言ってしまうのか。
何も言わずに、偽りの記憶を植えつけることだって恭一郎様の立場ならきっとできたのに。



