「そんなことない」――そう叫ぶのはあまりに失礼すぎて、ぎゅっと唇を噛む。
「それなのに、そんな私といることを選ぶのだな。失った記憶を取り戻す為に、それを奪った張本人と」
せめて、目を逸らしてはいけない。
どんなに想定内だったとしても、辛そうな悔しそうなその笑みから。
「お前も人のことは言えないな。そこは、嘘を吐いてもいいところだ。……そうしてほしかった」
「……それは、心配してくださったから……」
否定も謝罪もできず、ただ事実を述べようとした口もそれ以上開かない。
ほんの一瞬触れた指に、それきり閉じられてしまった。
「よせと言った。私のしていることを、善い方向から見るな。お前のそういうところは、これまでは私にとっても都合がよかったが……兄でいるのをやめてみると、不都合なことの方が多い」
そう言われても、本当のことだ。
唯一の真実ではないかもしれないけれど、どんな感情が元となっているにしろ、守ってくれようとした事実は変わらない。
たとえ、兄の部分がこの人の中から一切なくなってしまったのだとしても、悪者になる必要はないのに。
確かに私は、兄を聖人化しすぎていたのだと思う。
雪狐が擁護してくれたみたいに、それは恭一郎様の思惑でもあったかもしれない。
そうだとしても、違う一面を見ようともしなかったのは私だ。
大好きだから、勝手な憧れを抱き、ますます完璧な兄様だと崇めていた。
格好よくて、優しくて。
どうしても欠点を挙げないといけないのならば、生真面目すぎることくらい。
自慢の兄様だと、思わない日などなかった。



