「こんばんは。って…今日は暇そうだな?」
ディナーの時間に珍しくやって来た、松田くん。
「いらっしゃいませ!今日はね…」
私の声に、蓮も厨房から顔を出して。
珍しいな、一人か?
「いや、もう少しで弟が来る。久しぶりに飲み行こうってなったんだけど…蓮の飯が食いたくて、ここにした」
「そうか。賢ちゃんに会うのも、かなり久しぶりだな。今は、何してんだ?」
「ふらふらしてたんだけど、去年くらい真面目に司法書士になって頑張ってるよ」
「そうかぁ、賢ちゃんが司法書士って以外だな。賢ちゃんが来てから食いたいもん作ってるよ」
「おう!頼む。俺も司法書士になるなんて…驚いた……」
二人の会話を、まさかだよね、とボーッと聞いていた。
蓮と話しながら、カウンター席に座る松田くんの動きもスローモーションに見えて、
いつもの当たり前を淡々とこなしていて、いつ松田くんにおしぼりを出したのかさえもわからない。
だって、蓮が賢ちゃんって言った人はおそらく、松田 賢司。
前に、蓮に話した私の人生で、一番最低な元カレ。
黙って、厨房に入った私の様子を不思議に思ったんだろう。
「…どうした?」
追いかけるように厨房に来た蓮は、洗い場に手をついて一点を見つめていた私の顔を覗き込んだ。
そこで、やっと我に返って。
「……賢ちゃんって……松田 賢司?」
間近にある蓮の瞳を見て聞いてみると、
そうだけど、まさか知り合いか?
「……知り合いっていうか…元カレ…」
はぁ!?
蓮の声が響き、なんだよ?と松田くんもカウンター席から身を乗り出して、私達を見ている。
「例の彼のあとか?」
松田くんに、ちょっと待て、と言ったあとに聞いてくる蓮を見上げて。
前に話したアレを仕込んだ男、と答える。
舌打ちをした蓮は、
「賢ちゃんが……梓の元カレだってよ……」
溜め息交じりの蓮の答えに、
梓ちゃん、ごめん、と謝ってから。
「場所変えるよ。会いたくないだろ?」
スマホを取り出した松田くんだったけれど、ドアにぶら下がっているベルが鳴って。
松田くんの視線も、私達の視線もそこに移る。
「こんばんは…って…兄貴、怖い顔してどうしたんだよ?」
反射的に、いらっしゃいませ!と言ってしまった私は、
隠れていても仕方ないと、私の手を握ってくれていた蓮の手を、大丈夫だから、と離して、厨房からホールに腹を括って出て行った。
心配そうな蓮の視線を感じながら。
賢司は、私を見て一瞬だけ目を見開いて。
「梓?何で……お前が蓮兄の店にいるんだ?」
「……梓ちゃんは蓮の嫁さん」
松田くんが答えてくれて、また目が見開かれる。
嘘だろ?
賢司が呟いたのを聞いて、嘘じゃないよ。
「そんな嘘ついてどうすんだ?」
ホールに回って来ていた蓮が、鋭い瞳で賢司を見据える。
「蓮兄!?いつ梓と…っていうより、知ってたの?俺が梓の元カレって」
「さっき、知った。賢ちゃんの名前が出た時に梓の様子が変だっから、聞いたんだよ」
「そうか……で、いつ結婚したの?」
「半年前だなってお前…梓に変な性癖を仕込んだだろ?」
賢司の顔が一瞬で真っ赤に染まる。
何で知ってるんだ、と言いた気だけど堪えているのか、下唇を噛んで私に視線を向ける。
思わず目を逸らすと、蓮が私の腰を引き寄せて。
「仕込んでくれたおかげで俺は満足出来てるんだけどな。何のことか心当たりあるよな?」
口角を上げた、蓮のイタズラっ子のような、反応を面白がってるような微笑み。
「アレだろ?蓮兄が満足してるんならいいんじゃないの?俺のおかげで上手いだろ」
「あぁ。かなりな」
白い歯を見せて、唇を弓なりにして笑う賢司は、あの時のままだ。
好きだ、好きだと言いながら、ろくに働きもせずに浮気ばかりしていた。
賢司?
蓮に腰を抱かれたまま、名前を呼んで。
「浮気ばかりしてたけど、私のことは好きだったの?」
今さら、聴いてどうすんだ?って言われれば、何も言えないけれど。
あの頃、賢司には心を許しかけてた。
だからこそ、浮気を繰り返す賢司が許せなかった。
部屋に置いてあった賢司の荷物を玄関の前に置いて、別れよう、とメールで告げて鍵も変えた。
わかった、とだけ返してきて何も言わずに前の鍵をポストに入れて、荷物を取りに来て。
それ以来、連絡のひとつもなかった。
なんだったの、賢司との1年は。
そう思ったら…泣いていた。
「好きだったんだけど、梓が仕事ばかりで寂しかったんだ。ガキだったんだよ、俺は。何をしても中途半端でさ」
「そう。だったら今は、ちゃんと働いて一人の人を大切にしてよ」
「うん、そのつもり。後悔してたんだよ、暫くな。もっと大切に、抱いてやればよかったとか…支えられる男になればよかったとか…だから、今は梓が幸せそうでよかった」
「うん、凄く……幸せだよ」
笑顔で答えた私を見ていた蓮は、私の頭を、
腰を抱く反対の手でポンポンっと撫でて。
「梓は、任せろ。賢ちゃんが好きだった梓は俺が幸せにする、今以上にな」
賢司を真っ直ぐな力強い、揺るぎない瞳で見据えて言ってくれる。
敵わないな、蓮兄には、と呟いて。
昔から今も、とさらに呟いた、賢司。
「しっかしまぁ……賢司も寄りによって、蓮の嫁さんを何処で引っ掻けたんだ?」
「今さら、知ってどうすんだよ?」
「それもそうだな!さてっ、飯食おうぜっ?蓮の飯は、おじさんに負けず劣らず旨いぞ!」
賢司は、迷いなく。
ロールキャベツある?と蓮に訊いてるから、やっぱり、と呟いてしまう。
「やっぱりってなんだ?」
拗ねた顔をした蓮に、好きだったんだよ、と。
ふーん、と腰に回していた手で、私の髪を弄りながら、、、なんか腹立つ、とポツリ。
それに対して、やってしまった。
ちょっとした嫉妬で拗ねた蓮は、めんどくさい。
これでもかってくらいの、戯れが待っている。
「蓮兄さ、かなり梓を好きなんだな。そんな事で嫉妬するなんて」
「うるせぇ!で、ロールキャベツでいいんだな?」
「うん、よろしく!あんまり、梓を苛めんなよ」
蓮が舌打ちしたあと、全くだ、と松田くんにも笑われて。
今日は勘弁してやる、と私の頭を撫でた。
蓮が背中を向けたのを黙視して、ありがとう、と賢司に口を動かすと。
腰の辺りまで手を上げた。
変わってないね。
ちょっとした照れ隠しの賢司の、どういたしましての仕草。
ディナーの時間に珍しくやって来た、松田くん。
「いらっしゃいませ!今日はね…」
私の声に、蓮も厨房から顔を出して。
珍しいな、一人か?
「いや、もう少しで弟が来る。久しぶりに飲み行こうってなったんだけど…蓮の飯が食いたくて、ここにした」
「そうか。賢ちゃんに会うのも、かなり久しぶりだな。今は、何してんだ?」
「ふらふらしてたんだけど、去年くらい真面目に司法書士になって頑張ってるよ」
「そうかぁ、賢ちゃんが司法書士って以外だな。賢ちゃんが来てから食いたいもん作ってるよ」
「おう!頼む。俺も司法書士になるなんて…驚いた……」
二人の会話を、まさかだよね、とボーッと聞いていた。
蓮と話しながら、カウンター席に座る松田くんの動きもスローモーションに見えて、
いつもの当たり前を淡々とこなしていて、いつ松田くんにおしぼりを出したのかさえもわからない。
だって、蓮が賢ちゃんって言った人はおそらく、松田 賢司。
前に、蓮に話した私の人生で、一番最低な元カレ。
黙って、厨房に入った私の様子を不思議に思ったんだろう。
「…どうした?」
追いかけるように厨房に来た蓮は、洗い場に手をついて一点を見つめていた私の顔を覗き込んだ。
そこで、やっと我に返って。
「……賢ちゃんって……松田 賢司?」
間近にある蓮の瞳を見て聞いてみると、
そうだけど、まさか知り合いか?
「……知り合いっていうか…元カレ…」
はぁ!?
蓮の声が響き、なんだよ?と松田くんもカウンター席から身を乗り出して、私達を見ている。
「例の彼のあとか?」
松田くんに、ちょっと待て、と言ったあとに聞いてくる蓮を見上げて。
前に話したアレを仕込んだ男、と答える。
舌打ちをした蓮は、
「賢ちゃんが……梓の元カレだってよ……」
溜め息交じりの蓮の答えに、
梓ちゃん、ごめん、と謝ってから。
「場所変えるよ。会いたくないだろ?」
スマホを取り出した松田くんだったけれど、ドアにぶら下がっているベルが鳴って。
松田くんの視線も、私達の視線もそこに移る。
「こんばんは…って…兄貴、怖い顔してどうしたんだよ?」
反射的に、いらっしゃいませ!と言ってしまった私は、
隠れていても仕方ないと、私の手を握ってくれていた蓮の手を、大丈夫だから、と離して、厨房からホールに腹を括って出て行った。
心配そうな蓮の視線を感じながら。
賢司は、私を見て一瞬だけ目を見開いて。
「梓?何で……お前が蓮兄の店にいるんだ?」
「……梓ちゃんは蓮の嫁さん」
松田くんが答えてくれて、また目が見開かれる。
嘘だろ?
賢司が呟いたのを聞いて、嘘じゃないよ。
「そんな嘘ついてどうすんだ?」
ホールに回って来ていた蓮が、鋭い瞳で賢司を見据える。
「蓮兄!?いつ梓と…っていうより、知ってたの?俺が梓の元カレって」
「さっき、知った。賢ちゃんの名前が出た時に梓の様子が変だっから、聞いたんだよ」
「そうか……で、いつ結婚したの?」
「半年前だなってお前…梓に変な性癖を仕込んだだろ?」
賢司の顔が一瞬で真っ赤に染まる。
何で知ってるんだ、と言いた気だけど堪えているのか、下唇を噛んで私に視線を向ける。
思わず目を逸らすと、蓮が私の腰を引き寄せて。
「仕込んでくれたおかげで俺は満足出来てるんだけどな。何のことか心当たりあるよな?」
口角を上げた、蓮のイタズラっ子のような、反応を面白がってるような微笑み。
「アレだろ?蓮兄が満足してるんならいいんじゃないの?俺のおかげで上手いだろ」
「あぁ。かなりな」
白い歯を見せて、唇を弓なりにして笑う賢司は、あの時のままだ。
好きだ、好きだと言いながら、ろくに働きもせずに浮気ばかりしていた。
賢司?
蓮に腰を抱かれたまま、名前を呼んで。
「浮気ばかりしてたけど、私のことは好きだったの?」
今さら、聴いてどうすんだ?って言われれば、何も言えないけれど。
あの頃、賢司には心を許しかけてた。
だからこそ、浮気を繰り返す賢司が許せなかった。
部屋に置いてあった賢司の荷物を玄関の前に置いて、別れよう、とメールで告げて鍵も変えた。
わかった、とだけ返してきて何も言わずに前の鍵をポストに入れて、荷物を取りに来て。
それ以来、連絡のひとつもなかった。
なんだったの、賢司との1年は。
そう思ったら…泣いていた。
「好きだったんだけど、梓が仕事ばかりで寂しかったんだ。ガキだったんだよ、俺は。何をしても中途半端でさ」
「そう。だったら今は、ちゃんと働いて一人の人を大切にしてよ」
「うん、そのつもり。後悔してたんだよ、暫くな。もっと大切に、抱いてやればよかったとか…支えられる男になればよかったとか…だから、今は梓が幸せそうでよかった」
「うん、凄く……幸せだよ」
笑顔で答えた私を見ていた蓮は、私の頭を、
腰を抱く反対の手でポンポンっと撫でて。
「梓は、任せろ。賢ちゃんが好きだった梓は俺が幸せにする、今以上にな」
賢司を真っ直ぐな力強い、揺るぎない瞳で見据えて言ってくれる。
敵わないな、蓮兄には、と呟いて。
昔から今も、とさらに呟いた、賢司。
「しっかしまぁ……賢司も寄りによって、蓮の嫁さんを何処で引っ掻けたんだ?」
「今さら、知ってどうすんだよ?」
「それもそうだな!さてっ、飯食おうぜっ?蓮の飯は、おじさんに負けず劣らず旨いぞ!」
賢司は、迷いなく。
ロールキャベツある?と蓮に訊いてるから、やっぱり、と呟いてしまう。
「やっぱりってなんだ?」
拗ねた顔をした蓮に、好きだったんだよ、と。
ふーん、と腰に回していた手で、私の髪を弄りながら、、、なんか腹立つ、とポツリ。
それに対して、やってしまった。
ちょっとした嫉妬で拗ねた蓮は、めんどくさい。
これでもかってくらいの、戯れが待っている。
「蓮兄さ、かなり梓を好きなんだな。そんな事で嫉妬するなんて」
「うるせぇ!で、ロールキャベツでいいんだな?」
「うん、よろしく!あんまり、梓を苛めんなよ」
蓮が舌打ちしたあと、全くだ、と松田くんにも笑われて。
今日は勘弁してやる、と私の頭を撫でた。
蓮が背中を向けたのを黙視して、ありがとう、と賢司に口を動かすと。
腰の辺りまで手を上げた。
変わってないね。
ちょっとした照れ隠しの賢司の、どういたしましての仕草。



