顔がお風呂あがりより熱い。
 頭がキスキスキスキス、でいっぱい。
 茫然(ぼうぜん)としている間に、あたしはぽつんとひとり。

「べろべろ、ばぁー」
 ゾンビはもう公園の出口でおどけている。
「ちょ…」
 待ちなさい!
「ま、ゆっくりな」
 どこがゆっくりだ。
 初めてなのに。
 何十回、何百回と想像してたのに。
 こんな…、こんな……
「ど、泥棒(どろぼう)! 返せもどせ! ばかぁぁ――ぁ!」


 あたしがお母さんにたっぷりしかられて、ようやく食事をする許可をもらったとき、やっとゾンビは帰ってきた。
 お母さんがくどくどお礼を言うのに、ゾンビは礼儀正しくつきあってるけど。
 ぷぷぷ。
 10分の距離を30分!
 ちょっとおいてきぼりにしたら、ずいぶん、迷っちゃったことね。
 いやぁ、お疲れさま。

 お母さんが、いそいそお茶のしたくを始めると、ゾンビはあたしにむかって思いっきり疲れた顔をして、どすんと椅子に腰をおろした。
 テーブルにのりだして、
「おめぇってやつが、よーお、わかったわ」ささやき声で言って顔をしかめる。
「おぼえとけよ」
 うん。
(のぞみ)くんも、忘れないでね」
「あら、なにを?」
 お母さんが、カップとポットを持って、食器棚からふり向いた。
「望くんが、()ったもの!」
「まあ、この子ってば。まだピアノのこと言ってるの?」
「ちがうよ。ねえ?」
 あはははは。
 ゾンビが赤くなるところなんて、初めて見ちゃった。
「なんにしても! 盗ったなんて、人聞きの悪いこと…よしなさい、春加(はるか)
「はーい」
 ゾンビが、こほん…と空ぜきをして、横を向く。
 テーブルの上に、ダージリンティのいい匂いがただよいはじめて、テーブルの下では、秘密のモールス信号が、こっちを見ないゾンビの脚を、
 とん。とん。とん。