「なんでそう、あの子にこだわるんや」
 声より息で言葉を感じた。
「そろそろ言えるやろ」
「…………」
 ただふるふると頭をふるのに背中が温かい。
 ゾンビが、いる。
 すぐうしろに。
 動いたら、どこかにふれてしまいそうで、逃げだしたいのに動けない。
「あっち…行って」
「なんで、こだわるんや?」
「あっち行って」
「なんでや」
「あっち行ってぇ!」

 そんなこと言えるわけない!
 好きだから…なんて、言えるわけない。

 沙月(さつき)はあたしの友だちなんだから。
 あなたはただの他人なんだから。

 あたしは、だれかに決めてもらったひとを、ありがとうって自分のものにしたりしない。
 好きになったりしない。
 おとなしくYESなんて言わない。
 言えないよ。
 たとえそれが、おばあちゃんの決めたことでも。
 ひとのいいなりになんか、絶対、なれない。
 そんなの…いやだ!
 あなただって、そうでしょ?
 そう言ったでしょ?

 壁に身体をすりつけながら一回転。
「春…加……」
「二度とそんなこと、聞かないで!」
 意地でも…意地でも、こんな気持ちは忘れてみせるから。

 お風呂場の窓をたたく雨が、きゅうに激しさを増してきた。
春加(はるか)……」
 目の前の男の子の裸の胸からも、雨の匂いがしているから。
「おやすみ」
 あたしの(ほほ)に雨が降ったって、ちっとも不思議じゃないでしょう?
 そんなに、見ないで、よ。
 ああ。
 雨が降る。
 どしゃぶりだ。

 ざー。ざー。ざー。