「でもさ、俺のわがままでみんなを振り回しすぎてるから……もう潮時なのかなって」
「振り回してるって、潮時ってなに?」
彼の話によると、ちぇりこの知名度が上がれば上がるほどその素性を明かそうとする輩が業界にうようよ沸いたらしい。
元の仕事部屋を嗅ぎつかれたために新しい部屋を借りなければならなくなったり、足をつかなくするために長い付き合いだったアシスタントさんを泣く泣く切らなければならなかったり。覆面作家ならではの弊害がたくさん生まれたらしかった。
「それもこれも、俺が学生なのが原因でしょ?だからぶっちゃけ学校を辞めればいいだけの話なんだ」
急にしゅんとするから、こっちも不安になる。
「待って?なんでそんな極論に走らないといけないの?」
彼の表情がどんどん曇っていく。
「そんな大袈裟なことでもないんだ、漫画家として腹を括る覚悟はできてるから。そうして身バレしてしまえば、みんなで快適に仕事ができるんだもん。だからさ」
遠くを眺めていた彼の視線が急降下して、頭は力なくうなだれてしまった。
「もう追いかけたりしません、あきらめます、今までしつこくしてごめんねって彼女に言おうと思ってここにきた」
かけてあげられそうな言葉が、何も浮かばない。
「それなのにさっきボード見たら今夜の授業流れたらしいんだよね。で、会うこともできずこの有り様」
私が先に泣いてしまいそうになる。
「お願い岡崎君、そんなふうに笑わないで?」
「なんか、ごめんね」
こんなに切なげで苦しげで、無理をした笑顔を、私はこれまで見たことがなかった。



