溺愛フレグランス



「事務所改築の書類に印鑑証明が必要だとさ。
住所が変わったから、またここで登録して証明書を出してもらっただけ。
そうなったら、あの課に行かなきゃしょうがないだろ?
晴美がいようが、俺にとっちゃ関係ないよ」
「関係なかったら、わざわざ呼び出さないでよ」

朔太郎はげんなりしている私を横目で見ながら、誰かの視線を感じたのか私に目配せをした。私が朔太郎の示す方向に目をやると、そこにはたまた通りかかったふりをしている村井さんがいた。

「村井さん?」

村井さんは、あれ?みたいな顔をしてこちらへ向かって歩いてくる。

「あ、村井さん…
その、幼なじみの太田朔太郎さんです」

私の急な自己紹介に朔太郎は慌てて頭を下げる。

「初めまして、村井です。
ちょっとだけ外の空気が吸いたくなって。
ごめんね、邪魔しちゃって。
じゃあね、晴美ちゃん」
「は、はあ…」

村井さんの朔太郎を見る目はすでに乙女の瞳だ。
面食いで有名な村井さんの心を射抜いた朔太郎は、やっぱり凄い男だ。
私は村井さんが建物の中に入って行くのを見届けると、大きく息を吐いた。

「朔、村井さんに気に入られちゃったみたいだよ…」
「それが、晴美の疲れた顔の原因?」
「朔に会わせてって、絶対言ってくるもん」

朔太郎はちょっとだけ風の強い場所から、私を建物の陰になる場所へ移動させた。
そして、さりげなく私の肩をさすってくれる。