私はその時の事を一瞬で思い出した。
あの頃は私に唯一彼氏がいた時期で、朔太郎の車に乗せてもらう事を後ろめたく思っていた。その彼とは、二年後には別れてしまったけれど。
「あの時、晴美には彼氏がいたんだよな」
「…うん」
私は真っすぐ前を向いたまま、小さな声でそう頷いた。
「あの頃はお互いが何も知らない人に恋をして、そして一周回って、今は振り出しに戻ったって感じ?
ほら、お互いフリーだし」
私はちょっとむかついた。
一周回ったのは朔太郎だけだから。
「私は何もどこも回ってないよ。
朔太郎は結婚したから色んなところを回ったのかもしれないけど、私はずう~っとここに居てどこも回ってない」
こんな時、私は三十を超えた嫌味な女に成り下がる。結婚というワードに敏感なのも嫌だし、物事を斜めから見て解釈してしまうひねくれた心が思いっきり顔を出すのも嫌。
でも、きっと、こんな事を言えるのも朔太郎だから。
素直で正直な私の心は、朔太郎が笑いながら受け止めてくれる事を知っている。



