「真央の事じゃ、ないわ」
「じゃ、仕事で何か嫌な事でもあった?」
「…そういうんじゃないの。 それより、よく私がマンション前にいるって分かったわね」
「ベランダで外を見ていたら、下に岬がいるの見えた。」
「32階からよく見えたわね。視力はジャングルの中の人並みね」
「俺、目だけはすっごく良いんだ。
岬の事どこにいても見つけてあげられるの」
見上げた昴は、とても優しい顔をしていた。昴に優しくされると、止まったと思った筈の涙がこみ上げてきそうになるの。 32階に着くと、手を引いたまま部屋の中に入れられる。
冬の風に当たり過ぎたせいかもしれない。部屋に入った瞬間くしゃみが止まらない。
そんな私を見て、昴は部屋の暖房を上げてくれて、昴の大きなパーカーを頭から被せられて、お風呂までお湯を張りに行ってくれた。
優しい男は嫌い。 そういう人って誰にでも優しいから、悲しくなる日がきっとある。
私にだけ優しい人がいい。だってそうじゃなかったら、特別だって感じれなくて、寂しくなっちゃうもん。
誰の涙だって拭う男なんか、信用出来ない。



