【新説】犬鳴村

 その頃、啓子(賢治の婚約者)は連絡のつかない賢治を心配しながら母親の夕食の準備をしていた。


  ーーケンちゃん…どうしたのかな


 この時代はまだ現在のように携帯電話はなく、家以外で連絡を取り合うにはポケベル(ポケットベル)しかない時代だった。しかも元来節約家だった二人にはそんなお金がかかるものを持っているはずもなかった。


   ーーどうしたの?
   ーー何かあった?


 真面目で仕事を休むことも自分との約束も決して破ることのなかった賢治が、何の連絡もなく約束をすっぽかすことなど一度もなかった。