【新説】犬鳴村

 傷が痛みこれ以上は逃げられないと観念した賢治は大人しく二人に連れられ、また旧道をトンネルの方へ上っていった。先程の軽トラの運転手に少しの思い遣りがあったなら賢治や啓子、多くの人達の人生は変わっていたに違いない。


 しかし賢治の、その誰にでも優しい性格が仇となり悲劇を生んだ。人の世の中とはどれだけ不条理な世界なのか。それ(ゆえ)にどれだけの人が命を奪われているのか、少しでも多くの人が『思い遣り』という気持ちを置き忘れてさえいなければ世界は変わるものかも知れない。


賢治を再びさっきまで縛っていた木に縛ると、賢治の前にしゃがみ賢治に語りかける。


「な、そしたら…ちゃんと帰れるようにすっから」


 亮治が戻ってきたのは、賢治が逃走を試みてから2時間後の午後5時前だった。辺りはクリスマスの夜が近づきつつあった。