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「じゃあ、私はそろそろ帰るね。」

夕陽が傾き始めた頃になって、スイは立ち上がった。


「…また、会おうね。ハヤトくん。」
「うん、また。」


僕はもう少しここにいるつもりだったので、そう返事をして見送った。



誰もいなくなった屋上。

僕は、そっと呟いた。

「良かった。君を助けることができて。」


君が死ななくて、本当に良かった。
そう、心から思った。



「僕もそろそろ帰ろうかな。」
そう、思って立ち上がった時。




―ズキッ
大きな激痛が胸に走った。

「…うっ。」


心臓がバクバク不穏な音をたてる。

「…何だ、…これ。」

意識が飛びそうなほど、苦しい。

僕の体が勝手に動いた。思ってもないのに、柵の方へ体が一歩一歩近づいていく。

「…何で。」




そのとき、思い出した。
あのときに心の中で聞こえた言葉のことを。


―運命を変えることは大きな代償が求められる。それでもいいのか?



僕は、スイが死ぬという運命を変えた。

運命を変えるには代償が求められる。


僕は、大切なことをすっかり忘れていた。

「まさか…。」

体が、勝手に柵を超えた。


「…死ぬはずの命を助けた代償は。」