「──さんっ。」


掠れた声で少女は叫んだ。


─いかないで


その五文字を叫ぼうとして、少女はパッと口を強く結んだ。


「私…私は、ずっとあなただけが好きでしたよ。大好きでした。」


その声はもう、届かない。

その言葉を伝えるべき相手はもうここにはいない。


けれども、彼女は震える声で言葉を紡ぐ。


愛しい相手への気持ちを。たった一人。



「……なんてもう遅いですけど。」


堪えきれなかった大粒の涙が、瞳からこぼれ落ちた。


少女の嗚咽が、静かに響いていた。


しばらくして嗚咽を止めると、少女は立ち上がって空を見上げた。



「桜。」



それに答えるように、少女の上にある桜の樹から花びらがこぼれ落ちた。



それをフワッと手の上に掴んで、懐から和紙を取り出すと優しく包んだ。


「きっと、もうあなたとは結ばれることはできないでしょう。」


明日は、少女が嫁ぐ日だ。

白無垢を羽織って朱い紅をつけて盃に口をつけたなら、もう少女は誰かの妻となる。


もう、純粋な少女ではいられない。


「けれど、またいつか巡り会えたなら。その時は。」

あなたと。と音のない言葉を紡いだ。



少女は着物の襟を掴んでしばらく桜を見つめていたがゆっくりとその場から立ち去っていった。



あとには桜が─


ただ舞っていた。