紙箱は中身の硬質さとは裏腹に、作りが甘くて粗雑だった。
そもそも柔いボール紙の強度と釣り合いが取れていない重さのものが入っている。
崩れた箱の山からは簡単にバラバラと中身が転がり出てしまった。
しまったとすばるが手を出しても間に合わない。
卓の上に銃弾はばら撒かれ、いくつかはコンクリートの床の上に落ちていく。
「わぁぁぁ! 大変だ……」
かき集めて、床の銃弾も慌てて拾う。
横向きだとどこまでも転がっていくので、まとめて立たせた。
「……分ける……分けるってことは……?」
同じに見えるこれらの何かが違うということだ。
何がどう違うのかを先ず探さなくてはならない。
色々な角度から眺め、遠くから近くからも見てみる。
「違い……があるのかな……」
直感的に偽物があるのかもと閃いたけど、それでも見た感じでは分からない。
偽物と本物、と考えながら、一本ずつ両手にもって比べてみる。
とんがった頭は少し茶色がかった感じで色が違うから、胴体の部分とは別の金属でできているのだろう。
お尻のところにはアルファベットと数字の刻印。これは種類の識別や、製造番号的なものかなと推測する。
そもそも銃の弾丸の構造もよく分からない。
鉄砲の弾ってどうやって飛ぶの? と小学生のような質問が浮かんで、その答えを知っていそうな道具は沈黙したまま。もう時計の役目に徹している。
偽物と本物、と考えてはたりと思考が止まる。
「……違うか……分けろとは言ったけど、ふたつにとは言わなかった……えー?……三とか四とかもありえるのかぁ……」
使えるものは何でも使え、落ち着いて、焦らずに……莉乃からの言葉を励みに、すばるは今一度姿勢を正した。
丸まっていた背筋を伸ばす。
「使えるものは何でも使え……」
自分自身で使えるのは、暗い場所でよく見える目と、余計なものまで嗅ぎ取る鼻と、要らない音まで拾う耳……。
見た目はあまり変わらないように見える。
僅かに、気のせいかもと思うレベルで頭の先が傾いているように見えるものもあるが、それは本当に僅か過ぎて、自分の感覚が間違っているの気の方がはっきりする。
並べて全体と見比べて、上から覗き込み、先が微かに捻れて見えるものを取り敢えず『分けて』みた。
60個中9個。
匂いを比べてみても、よく分からない。
工場みたいな所で機械で作るのか、人の手で作るのか知らないが、匂いが少し強いものがある。何の匂いかはすばるには分からない。
60個中14個。
とんがった頭の部分を持って胴体を卓の角でこんこんと叩いた。
音の違いなんて力の入れ具合や角度でも簡単に変わる。
でも何度試しても他と違った音がする気がするものがあった。
60個中7個。
そのみっつ全部当てはまるのが6個あった。
その6個は確実にその他と違う。
……気がする。
「気がするだけなんだよなぁ……」
大体この考え自体、合っているのかどうかすら確信が持てない。
「う……うううん……」
ぐにゃりと背中から力が抜けて、卓の上に頭を乗せる。
横向きに立って見えている銃弾は、きれいに並んで、針葉樹の林に見えた。
「きれいな形だなぁ……」
先が美しい円錐形なのは空気抵抗を減らすためなんだろうなとぼんやり想像する。
色が違うのはロケットのようにこの頭の部分だけが飛んでいくからかも知れない。
そういえば映画で観たシーンでは、撃った後、銃の横から何かが飛び出していた気がする。
それが胴体の部分だとすると、その中に燃料が入っているのか。
「あ……火薬か」
ぼんやりしてきだしたので、大きく息を吸って吐き出した。
今吸っている空気の中に、火薬の匂いが混ざっているのか……。
がちゃりと音が響いて、空気の出入りの音がした。
すばるは飛び起きるようにして背筋を伸ばす。
「一時間だ」
「はい!」
膝に腕を突っ張っているすばるの側まで、男は歩み寄る。
「分けたか?」
「い……ちおう……はい」
「どう分けた?」
「変な感じがするのと、ちょっと変かなと思うのと、それ以外……です」
「どれが変だって?」
「この子たちです」
「この子?」
「ちが! これ、このグループ! です!」
すばるが示したみっつに当てはまった6本のうちの1本を男は手に取って目の前に持っていく。
鋭い目線は実際に物理的な何かが突き刺さっているような気さえする。
男の手の中のものは、自分が今まで散々触っていたものより小さく見えた。
「何がおかしいと思った」
「ちょっと捻れて……」
「それで?」
「匂いも音も他のと違うような気が」
「匂いと音?」
「気がするだけですけど」
頭上からその鋭い目つきで見下ろされて、すばるは思わず卓の上に視線を落とした。
ぷはと息がもれる声がする。
「寝てたのか?」
「え?! そんな、寝てません!」
「跡がついてるぞ」
男がとんとんと自分の頬を指で叩いているのを見て、すばるは自分の頬をびしゃりと手で覆った。
「寝てません! こうやって……横向きから観察を」
「採用」
「……はい?」
「とりあえず見習いから」
「え……え?」
「拝崎 秋司だ」
「篠原 すばるです!」
「知ってる……達川から連絡が行くから待ってろ」
「はい!」
「帰っていい」
はいと返事をして勢い良く立ち上がり、勢い良く頭を下げる。
見上げた男は楽しそうに口の端を片方だけ持ち上げていた。
「……ハイ……ざき、さん」
「ハイジでいい」
「……ハイジさん……聞いても良いですか」
「なんだ」
「正解を」
「正解?」
「『分ける』の答えを」
「お前がなんか変だと選んだこれ」
「はい……」
「十中八九弾道が曲がる」
「当たった?」
「ていうか全部曲がる」
「え?!」
「ここにあるのは全部不良の弾だ」
「ぇぇええ?!」
へなへなと椅子に座り込んで頭を抱える。
「…………採用の決め手は?」
「時間だ」
「時間?」
「俺からと、問題を解かなくてはというプレッシャーを受けても集中力を保たせた時間だ……この閉鎖環境の中でな。まぁ、最後は寝てたみたいだが」
「寝てません!」
「そうか?」
「寝てません!」
「……まぁ、その負けん気も買ってやる」
くくと笑うとハイジはすばるに手を差し出した。握手だと思って握ろうとすると、反対に手を掴まれて力強く引き上げられて立たされた。
「ここは倉庫だ……取ってこいと言われたらここから運べ」
「……はい!」
「もう帰れ」
「は! お先に失礼します!」
「お疲れ」
頭をぐりと撫でられて出入り口に向かって押された。
「篠原 すばる」
「はい!」
「忘れ物」
放り投げられたスマホを落としそうになりながも受け取って、ぺこりと頭を下げる。
そこから逃げる勢いで部屋を出て、階段を駆け下り、ビルを一歩外に出て、立ち止まる。
大きな手が触れた自分の頭を撫でた。
振り返ってビルを見上げながら、襲いくる町の騒音から逃れるために、ほぼ無意識でイヤフォンを耳に詰める。
「タルトは買えなかったよ」
ふわりと後ろから抱き込められて、肩の上にぐりぐりと頭が押しつけられる。
「…………っくりしたぁ……」
「んーー……」
頭をべしべしと叩いて、体に回っている腕を押し退けようとしても、若干の余裕があるくせにそこから1ミリも動かない。
「……ちょっと! 人目を気にして下さい」
「んんんーー……火薬臭い」
「あ……これが火薬の匂い……」
ふんふんと鼻を鳴らして自分の服に染み込んだ匂いを嗅ぐ。
「ハイジに触らせた?」
「言い方!」
「……俺のなのに」
「私は私のです!……もう、ちょっと、ほんといい加減……」
腕が緩まったので、ここぞと逃れて清水を振り返った。
眉間にしわが寄り、細まった目がすばるを真っ直ぐに見ていた。
「……怒ってます?」
「怒ってるか? すんげー怒ってるよ。すばるさんのばか、おたんちん、あんぽんたん…………大好き!」
今度は正面から抱きつかれて、もごもごと暴れる羽目になる。
「…………邪魔だな」
「ハイジさん!」
「ハイジ! てめ、このヤロウ!! あんだけ言ったのにすばるさんに触りやがったな!! セクハラ!! ムッツリ!! ムッツリセクハラ!!」
「………………じゃあな」
「じゃあなじゃねぇわ! カッコつけ! 採用ありがとうございます! でも触んな!!」
「……小型犬」
「もっとぎゃんぎゃん吠えるぞ、ばーかばーか!! あ、遊びに来る?」
「やめとく」
「鰻買って帰るけど」
「肉の日に呼べ」
「お前なんか帰れ!」
「あ、ハイジさんお疲れ様です!」
「……おう、またな」
「はい!」
去ってゆくハイジの後ろ姿と、それを見つめるすばるの顔を交互に何往復かさせる。
ハイジはすぐに建物の角を曲がって姿を消した。
「……え、すばるさん……なに、やめて。ナニそのキラキラした眼差し」
「…………かっこいい……」
「はぁ?! 俺の方がカッコいいし!! 面白いし!! 足速いし!!」
「採用試験してるの、知ってたんですか?」
「……ハイジが知らせてくれたの……邪魔しないならって」
「なんだ……タルトのやつ、凄く考えたのに」
「超だまされた!!」
「でも食べたいのは本当ですよ?」
「だから騙されたの……来週買いに行こうね」
「やった! はい!!」
「鰻はこれから一緒に行くよ」
「はい!」
家に帰ると待ち構えていた莉乃と英里紗に、これでもかと褒められて、これでもかと揉みくちゃにされた。