「清水君、気持ちはわかるけどさ」
「あ?」
「……すばるさんも断っていいんだよ?」
「はい?」
「目の前でいちゃつかれるのは複雑だな、親として」
「いや、莉乃に言われたくねぇわ」
「せめてすばるさんのお手伝いしたらどうかなぁ?」
「両手がふさがってる」
「……まぁ、仲が良いのは素晴らしいんだけどねぇ」

床に座り込んで洗濯物を畳んでいるすばるの背中には、清水がぴったりくっついている。
背後から腰に腕を回して、すばるの肩越しに洗濯物がたたまれていくのを見ていた。

家族そろってたたみ方や衣類の持ち主を教えたりと、口だけは出している状況。



しばらく放っておかれて溜まりに溜まった衣類を、見るに見かねて大量に洗濯した。

すばるも頻繁に洗濯機を使うのも気が引けていたので、数日ぶんは溜まっていた。
天気も良かったので、この際だからと全部一緒にして大洗濯祭りが開催され、それはもう最後の山場を迎える。


ソファでまったりと座っている莉乃の膝には、英里紗が頭を乗せてごろごろとしていた。

「ごめんねぇ、家事全般任せちゃって」
「いえ、嫌いじゃないですし。他にやることも無いので」
「来てもらってるハウスキーパーさんが、お孫さんが生まれて、なかなか忙しいみたいでね」
「……なるほど、家事はその方が」
「なるほど?」
「家の中がすごく片付いてるから」
「僕たち家事能力ゼロだもんねぇ?」
「私でできることはさせて下さい」
「助かるなぁ、ありがとうね」
「いいえ、こちらこそお世話になりっぱなしで、色々ありがとうございます」
「……それ莉乃のパンツ」
「あ、はい…………名前書いてもらえません? 見分けがつかない」
「匂いで分かるでしょ」
「は?! 匂いませんよ!」
「僕もヤダな。だから手伝いなさいって清水君……ふくれても可愛くないよ」

ぐりぐりに肩におでこを擦り付けられるのを、すばるはぺしぺしと頭を叩いて清水を宥める。

「大変微笑ましいんだけど……すばるさん、最近は清水君べったりでも嫌がらなくなったねぇ」
「うーん……慣れた……と言いますか、ウルフィーだと思えば抵抗ないなって」

すと無表情になった清水がおもむろに立ち上がって、洗濯物の山を挟んだ向かい側にどかりと座り直す。
そのままむっすりした顔で洗濯物をたたみ始めた。

「……自分で自分にやきもち」
「だったら何だよ」
「ぷぷぷー……見てごらん英里紗、僕らの息子さんが可愛いんだ」
「黙ってろって」

イラついたような態度だが、洗濯物をたたむ手付きは優しく丁寧。

なのだが。

「それ私のパンツです」
「分かってる」
「……それ私のタオル……」
「知ってる」
「…………気持ち悪い! やめて下さい!!」
「やだね! 俺がするんだ!!」

清水がたたみ終わった洗濯物を、床の上でかき集めるようにわさっと抱えると、他の山がほろりと崩れていく。

「ちょっと! やること増やさないで下さい!」
「なんだよ! すばるさんなんか!……っもう……大好きだ!! ばかーーっ!!」

すばるの洗濯物だけを抱えて、そのまますばるの部屋にそれを運んで行った。
ばたんと扉が閉まる音がする。

「…………ぇぇええ?」
「……ごめんねぇ、うちの子が。あんなにバカだって思わなかった……なんか間違えたかな」
「……怒らないんですね」
「うん?」
「莉乃さんも英里紗さんも……清水さんも。誰も怒らないんですね」
「……そんなことないよ? こんなとこじゃないって知ってるだけ。……すばるさんは怒られたいの?」
「いえいえ、それは無いです」
「……だよね。測ってるの?」
「何をですか?」
「清水君の器」
「え?! そうなんですか?!」
「聞いてるのは僕なんだけどなぁ」
「私も測られてます?」
「清水君はそんな難しいこと考えてないよ?」
「……そうですか?」
「ふふ……本人に聞いてみたら?」

洗濯物を仕舞い終えてもまだ清水が戻ってこないので、すばるは自分の部屋を覗いてみた。

清水は隅に畳んである布団に顔を埋めて、うつ伏せに長くなって寝そべっている。
すばるは側まで近寄って、礼儀正しく正座をし、遠慮がちに背中を叩いた。

「……何してるんですか? 眠いならここじゃなくて」
「……反省!」
「反省?」
「……ばかって言ってごめん」
「そのくらい、別に何とも思ってないです」
「……ほんと?」
「私こそ……何か気に障ったこと言いましたか?」
「……すばるさんは悪くない。嫌がるって分かってるのに、俺が止められないから」

布団に顔を押しつけて喋っているので、清水の声はもごもごとして聞こえる。

「……う、うーん。やっぱり、私がダメですよね、反射的に言っちゃうから」
「……それだけイヤってことでしょ」
「……まぁ、あの。控えてもらったら助かりますけど」
「なに? どこら辺を?」
「何と言いますか……『私ばっかり』みたいなのを、と言いますか」
「ムリ!」
「ええ……」
「だってもう、俺の世界はすばるさんが中心で回ってるもん!!」
「わぁ……堂々と……そういうところが」
「……気持ち悪い?」
「……正直」
「ウルフィーに逃げるのもヤダ」
「え?」
「ウルフィーになったら許してもらえるから……困ったらウルフィーになって……で、そしたら可愛いだの好きだの言ってもらえて……で、いつになったら俺は好かれるんだって……勝手に苛々して……ああ! クソ!! 最低か俺は!!」
「……し……みずさん?」
「…………はい」
「私その……清水さん、嫌いではないですよ? 時々すごく気持ち悪いなって思うだけで」
「…………すき?」
「あ…………はぁ。まぁ、基本?」

がばりと起き上がって、止める間もなく正面から抱きつかれる。

頬をすり合わせて、首元に額を擦り付けている。

「……俺、全部大好き」
「は……はい、それはどうも……」
「……お布団より本物の方が良い匂い」
「…………そういうとこ!!!!」



夕食の後、ダイニングテーブルでゆっくりお茶を飲みながら、おずおずとすばるは切り出した。

「学校なんですけど……休学しようかなと思うんです」
「ああ……まだ慣れない? っても一週間ほどだもんねぇ?」
「これ……どのくらいで大丈夫になるんでしょうか」
「うーん……僕も英里紗も、知ってる中にも魂分けした人は居ないし、個人差がありそうだしねぇ」
「……そうですか。無理して学校行って、なんか変なことしちゃうのもなって」
「だよねぇ」
「やめちゃえば? 学校なんか」
「英里紗、簡単に言わないの」
「だって、面倒でしょ?」
「黙ってろ単細胞」
「お前こそな、ゾウリムシ」
「こらこら、やめなさい」
「……心配はかけたくないので、とりあえず高校は卒業しておきたいなって」
「そうした方が無難だよねぇ」
「大学までは面倒見てくれるとは聞いてるんですけど、それはまぁ……今それどころじゃなくなってきたんで。で、ちょっと余裕が出るまでなんとかしないとなって考えてて」
「バイトもだねぇ」
「……そうですね、休んでばかりじゃ悪いんで辞めようかなって」
「その方が良さそうだね」
「授業料ももったいないんで、休学かなって……」
「しっかりしてるなぁ」
「でも休学の理由をなんてしたら良いか」
「何か決まりがあるの?」
「はい……校則では、病気か特別の理由ってなってて、特別の理由ってなに? って」
「じゃあ、病気でいこう」
「すこぶる健康なんですけど」
「診断書があればいいんでしょ?」
「……たぶん」
「大丈夫、適当なの作ってあげるよ」
「は?」
「そういうの得意な人知ってるから心配しないで?」
「はぁ……そうなんですか?」
「あと、清水君。ちゃんと向こうの保護者さんに話をしに行きなさい」
「待ってました! いつ行く? 明日?!」
「あ……の……」
「……お兄さんからいっぱいメール来てるでしょ」
「なんで知っ……見ました?!」
「見なくてもそれくらい分かりますぅ」
「まぁまぁ、診断書作るまでちょっと待ってなさい、できてからお伺いするように」
「んー。まぁそうだな」
「お任せしていいですか?」
「もちろん! ちょうどいいのを作ってあげるね!」
「……よろしくお願いします」




次の日には莉乃がにこにこと笑いながら診断書を持ち帰る。

丁度良い塩梅に、一年の加療を必要とする旨が書かれた、聞いたことも無い病名の診断書だった。

早速学校に手続きをしに行き、バイト先にも挨拶をしに行く。



その翌日、朝早くからすばるの実家へ出かける運びになった。