本来鋭利なもので深く刺されたなら、内出血で間もなくショック状態になり、意識を失うものだ。
すばるの出血量なら、普通は輸液をしないとすぐにも命を失って当然だったと清水は言う。

「……前にもね、同じことがあったんだけど……その時にも、俺の体質がすばるさんに移ってて……だからまぁ、余計に回復も早いという」
「……前にも?」
「あー。ホラ、すばるさんと子どもの頃に会ったことがあるって話……覚えてる?」
「……はい」
「その時にね」
「私、こんな大ケガしたこと……」
「ああ、いや。その時は俺が大ケガしてて、たまたますばるさんと体液が混ざっちゃったって感じ……です」
「え?……そんなこと……覚えが……」
「うん……だよね、そうだと思う」
「そういえば真逆って……」

眠ってしまう前に、そう言った清水の言葉を思い出して、すばるは自分の身体を見下ろして、腹と手のひらの傷について考えてみる。

よくケガをしていた子どもの頃のことを思い出し、その頃に大ケガをした誰かがいただろうかと記憶を探る。

「…………え?」
「うん」
「…………ウルフィー?」
「……はい」
「萩野さん?」
「……はい」
「……ウ?」
「そうです」

いやいやそんな、と力なくこぼして、すばるは思わず腹の傷がある辺りに手を置いた。

「神社の裏側で」
「……いやいや」
「俺に自分のおやつを分けてくれた」
「……だって」
「すばるさんの膝に乗って」
「……だって、ウルフィーは」
「めちゃくちゃ撫でられた。まぁそれは今もだけど」
「だって、犬で」
「狼だけどね」
「お……おかみ?」
「ワーウルフって言うんだけど」
「わーうるふ?」
「狼人間だね」
「いやいやいやいや……」
「目の前で変わったら信じてくれる?」

清水が半分ほどシャツを脱いだところで、すばるは慌てて手を出して止めた。

着直したのを確認して、すばるの手はぱたりとシーツの上に落ちる。

「……ウルフィーが、萩野さん?」
「うーん……萩野さんがウルフィーの方が正しいかな」
「萩野さんが……」
「あ、うんまぁ、萩野さんなんだけど。萩野さん全部で三人いるからさぁ、さっきのふたり入れて……できたら俺のことは名前で呼んで欲しいな、なんて」
「……萩野さん……」
「え、ちょっと待って、俺の名前覚えてるよね?」
「……清水さん」
「んふふ」

清水がにこにこ笑ってぐにゃりと肘掛に寄りかかる。

「ウルフィーの飼い主だって……思ってて」
「まぁねー……普通はそう思うよねー……でも変だなって思ってたでしょ?」
「一緒にいるとこ見たことないなって」
「どっちも俺だからね!」
「でも……そんな、こと」
「あぁ……俺専用のブラシとお皿買ってくれたでしょ」
「……うゎ」
「あのシマシマの部屋着かわいいね。あと中学校のジャージ……あれはなかなか趣深い」
「……ウルフィー」
「清水さんね」
「……清水さん……」
「信じてくれた?」
「…………ちょっと考えさせて下さい」
「実際見た方が早くない?」
「ちょっと静かにして下さい」
「はい……」

清水とウルフィーがイコールで結ばれることについて考えなくてはいけないはずなのに、すばるの頭の中では、ウルフィーとべったりごろごろしていた事しか思い浮かばない。

どう頑張っても自分がぐにゃぐにゃで甘々な態度だったことしか思い出せない。

ウルフィーが清水だったのかと考えて、驚きや何よりも、羞恥で身悶えそうになる。
そこは辛うじて堪えて、すばるはゆっくりとベッドの上に横たわるに留めた。
熱くなった顔をシーツで冷やそうと試みる。

「わああああ! すばるさん、大丈夫?! 辛いよね、休む? 水飲む? お腹減ってない? 何か食べる?」
「……休みたい……」
「うん、どうぞ! ちょっと寝よっか」
「……帰りたい」
「あ……ああそれは。気持ちは分かるけど、今日はここでガマンして? 安全のこと考えて」
「……ここ」
「俺の部屋……ゆっくり休んで大丈夫。すばるさんは俺が守るから」

めくれて遠くにあった布団ですばるを包むと、落ちないようにそのままぐいとすばるを真ん中に運んだ。

頭を枕に落ち着けたすばるに手を伸ばし、清水はさらさらと前髪をよけて額に触れる。

「……ちょっと熱があるかな。もしかしたらもう少し高くなるかも。辛くなったらいつでも言って?」
「……萩野さんがウルフィーだってこと、他の萩野さんは?」
「もちろん知ってるよ、他の萩野さんふたりも同じだからね」
「あの人たちは……」
「お父さんとお母さん……血は繋がって無いけど、仲間だよ。俺、あのふたりに拾われた」
「……ウルフィーが?」
「清水さんって言ってくれる?」
「だって拾われたって……いった、から」
「そりゃ、犬的なイメージかも知れないけどさ」
「ふふ……見たことない犬種だと……思ってました……」
「狼だからね!」
「かっこいいですね……」
「…………ありがと」
「お父さんと、お母さん……若く見えたから、兄妹かなって」
「ああ、見た目はね……でも俺の二十倍近く生きてるよ、あの人たち」
「……二十……ばい?」
「丈夫で長生きなの」
「たいしつ……」
「そう…………たくさんおしゃべりできて嬉しいけど……ホラ、ちょっと寝よ?」



素直に目を閉じると、すばるはあっという間に眠りの世界に落ちていった。

久しぶりに昔の夢を見る。

そこにはお父さんとお母さんと、小さな自分と、ころころふわふわな仔犬がいた。




目を開けて、さっきも藍色が濃くなったり薄くなったりしていたなとぼんやりと考えた。

前に見た時はもっと深い色だったのを思い出して、窓の方に頭を向ける。
カーテンの間は部屋の中より白っぽい。
静かで冷んやりした雰囲気に、夜明け前なのだと分かった。

反対側に頭を向けると、清水がソファの上で横向きになり、肘掛に頭を乗せて丸くなって眠っていた。
薄っすら眉が寄っている表情に、そりゃ寝苦しいでしょうと、すばるからふと息が漏れる。

手で腹を押さえ、服の上から少し力を入れて撫でてみた。
奥の方に鈍痛はあるものの、どくどくと波打つような痛みはもう感じない。

刺されてしまったのは清水の所為かも知れないが、刺されてもこれだけで済んだのは、清水のおかげなのかと考える。

子どもの頃に、丈夫な体質を分けてもらった。

そう言われれば、他の人よりもケガの治りは早かったような気がしないでもない。
それに風邪とか熱とか、ひどく体調が悪くなったことも無い。
どんなにバイトで疲れても一晩眠ればすっかり回復できたのも、自分がすごいからでは無いのだと。
清水の体質を分けてもらったからだと、何となく、ふんわりと腑に落ちた。

頭を巡らせて、上の方にストローの端っこを見つける。

音を立てないように静かに起きようと身動ぎした途端、清水がぱちりと目を開けた。

「……んん……すばるさん目が覚めた?」

狭いスペースでぐぐと身体を順番に伸ばそうとする仕草、すぐに身を起こしてこちらに近寄ろうとする。

犬だ。
と、なんの躊躇いも遠慮もなく思った。

ウルフィーに似ていると思い、いやいやこの人ウルフィーだったと思い、すんなり受け入れてしまっている自分に大丈夫なのかと引いてみたりもする。

腹を庇うようにして起き上がろうとすると、当然のように体を支えてくれる清水を見上げた。

「……うわ……この状況…………堪らない……抱きしめて良いですか?」
「嫌です」
「即拒否だもの」
「……喉が渇いて」
「ああ、そうだね……どうぞ」

すと取り上げたボトルを受け取ろうと手を出したのに、清水は握る範囲を広くして、もう片方でストローの端をくるりとすばるに向けた。

手を出すとひょいと避けられて、ずいとストローを差し出される。

「どうぞ?」

意地を張るのも面倒くさいので、素直に水を飲むことにした。

「お腹空いたでしょ……何か食べられそうなもの探してくるね」

確かにお腹は空いているので、むっすりとした表情で水を飲みながら、すばるは小さく頷いた。

「うわ……ちょ…………かわいいですね」
「…………寝言は寝てからどうぞ」
「キスしていいですか?」
「断わる!!」




腹から声を出すのはまだ厳しく、すばるは腰に両腕を巻きつけて小さく丸まることになった。


すぐに清水から可愛いと称賛の声が上がる。




部屋の藍色はずいぶん白に近く塗り変わっていた。