きみが空を泳ぐいつかのその日まで

「自分のは?」

目の前が暗くなった。ついに彼に気づかれてしまった。

「意固地でさぁ、いつもこうなんだよ彼女」
「いつも?」

おそるおそる顔をあげたら、久住君が感情の知れない目でこっちを見おろしていた。

「理人、一緒に歌うぞー!」

こっちを向いていた彼の爪先が、くるりと反対を向く。

あぁ、ダメなんだ。
胸に灯っていた微かな光が、消える瞬間をみた。僅かに残っていた針先ほどの光が、闇に吸い込まれていった。
もうたぶん、この本を返すことは叶わない。

「……なんかイライラする」

乾いたその言葉は、間違いなく久住君の声で、私に向けられたものだった。

「げ、理人に標的にされるとか最悪パターンきた!」

部屋の温度が一瞬、上昇した気がした。

「なぁ、戸田。トイレの個室のうえから水ぶっかけるっていうレトロなやつ、もうやった?」
「えー、そんなことするわけないじゃん。仲良しのクラスメートなのにさ」
「じゃ目障わりだからとりあえず机棄てるか」

みんながにわかに興奮しだしたのがわかった。

「陰湿だし古典的すぎだろ、おもろいわ!」
「てかなんでこの人呼ぶんだよ」
「あー、それはさぁ」
「空気悪くなるじゃん」

次々と出てくる久住君の暴言は、すべて私に向けられていた。

「こいつが5分以内にここから逃げ出すに賭けるやついるー?」
「じゃ俺、2度と登校してこないに千円!」
「まぁ、来ても席なくなってるしな」
「はいすでに1分経過だよー」
「みんな早く張れよ」

いたたまれずに荷物を抱えて部屋を飛び出した。

「あっ逃げた!」
「あんなんほっとけよ、相手してやるだけ労力の無駄じゃん」

その声に、足が止まる。

「わぁ……久住とことんクズじゃん。なんか一気に冷めたかも。嶋野うちらつきあおー」
「は? まじで?」

クズ。その単語が胸に突き刺さる。

「理人がいじめんじゃつまんねーよ。てかジュースお代わり行く人ぉー」