「ごめんね、秋子。園芸部のお手伝いをして貰って」

「花の水やりは楽しいよ。花のことはよくわからないけど」

季節は九月、いわし雲が秋の到来を歓迎していた。
私は怪我をして以来、幼馴染の三上京子(みかみきょうこ)の園芸部のお手伝いをしていた。
陸上部から籍を離れたわけではない。顧問の谷口先生から最後までやめないで欲しいと言われたからだ。それでも、部に顔を出すのは辛い。みなの練習する姿を見ると羨ましく思う。
先生は少し残酷なことをする。
陸上部に残っても私にできることはないのに。

「こんにちは」

「あら桧山君。今日も花の写真を撮りに来たの?」

「それもあるんだけど……」

桧山達也(ひやまたつや)は私に視線を向けた。
最近、桧山から何度も頼まれごとをされている。

「神崎さん、今日もお願いにきたよ」

桧山はヒモを首からぶら下げた先にカメラを構えていた。彼は写真部だった。、
一眼レフカメラというものだろうか。

「写真のモデルの話でしょ? せっかくのお誘いだけど、無下に断る形になってごめんなさい。気持ちは変わらないわ」

「僕は神崎さんの自然体の写真を撮りたいんだよ」

何度断っても引き下がらない。でも、さすがに疲れてきた。神経をすり減らしたせいか、つい口に出してしまった。

「私の足のことは知ってる?」

「あぁ、知ってるよ」

それと何か関係があるのかとでも言いたそうな顔つきだった。
自然体の私を撮るなんて無理だ。
今の私は悲しみに暮れているだろう。
もっとも、桧山のお誘いのせいで。

「写真は思い出として残るよね?」

桧山が話を変えてきた。全然乗り気ではない、私の言葉が通じないらしい。

「そうね、私も京子と沢山撮るわ」

「でも、心の傷は写真よりも深く思い出に残るんだよ。一滴の水が水面に落ちて波紋のように広がるみたいにさ。思い出が塗り替えられるんだよ」

「それは私のことを言ってるの?」

桧山は私に嫌味を言いに来たのだろうか。
真正面から足の悩みのことを言われたのは初めてだった。胸が痛い。

「待って、そうじゃないよ。神崎さんの写真を撮ることで、少しでもそんな傷を癒せる人が増えたらと思うんだ」

「私だって傷つくことはあるわ。自分の傷が癒えないのに、他の人なんて無理よ」

私は桧山を睨んだ。今までにない憎しみを感じた。
傷を癒す? 私にはむしろ傷が広がるだけで、悪化さえしそうな気分だった。

「神崎さんが今、水やりをしてる花の名前は知ってる?」

「知らないわ」

「神崎さんと三上さん、目を閉じてみて」

私も?と京子は驚いた様子だった。
彼女は私と桧山のやり取りにハラハラしてるみたいだ。
半ば強引に誘う、桧山に対して京子からも止めて欲しかった。

「今、神崎さんが水やりをしてる花の色はなんでしょう?」

「わからないわ」

「三上さんはわかる?」

「ケイトウで多分、赤色じゃないかしら」

何が言いたいのかわからなかった。

「三上さんがいつも花の手入れをすることと、神崎さんが走ることには何か違いがあるのかな」

陸上と園芸はまるで違う。
花の色や名前さえわからない人は園芸をするなということだろうか。
京子に園芸を任せるべきなのだろうか。
だとすると悔しい。つい力が入り握りこぶしになった。

「僕には同じにみえるよ」