きみのこと、極甘にいじめたい。

……理太、どこにいるんだろう。


傷ついて泣いてないといいけど。
泣きはしないか、泣きは……。



「……理太、どこ……?」



なんとなくひとけの少ない視聴覚室前の廊下を歩いていると。


蛇が狩りをするときのように素早く伸びてきた手に、


がしっとネクタイを掴まれたあたしは


「ぎゃあ!」と品の無い声を上げながら、前に倒れ込んでしまった。


「……っと、平気?」


自分の胸で抱き留めてくれたのは……理太。


「な……なに、すんの……」



理太、近……。


びっくりした。ドキドキする。声もうまくでない。


「俺のこと呼んでる小さな声が聞こえたから」



ネクタイをはなすと、あたしの背中にある視聴覚室のドアをスタンと閉めた。


薄暗くなった視聴覚室には、あたしと理太の二人だけ……。



「理太が……傷ついてないか、心配になったっていうか……」


「なんで俺が傷つくの?」


「それは……」


「もしかして女子たちにチャラいからサイテーとか言われて俺が落ち込んでると思ったの?」


「……だって、理太ってナイーブなとこあるし……」


「素直が遠回りに俺のこと”優しい”ってかばってくれたから相殺された」


「き、聞こえたの……?」


「ありがとね、素直」



……心配、いらなかったみたいだ。


それでこの、ポンって頭に乗ったこの手はなんなの。


「落ち込んでるんじゃないなら、もう用事はないから!」


手を振り払って一歩すすむと、後ろから「待ってよ」と言われてしまって、あたしの足は止まっちゃう。



「今素直がどっか行ったら、寂しくて落ち込むかも。だからここに居て」



寂しそうな指先があたしの指に絡んだ。


「俺に怒ってるんでしょ?」


怒っては……、いる。


「だって……理太が悪いよ。キスって、誰にでもしていいものじゃないのに、簡単にするから……」


「手っ取り早くあの女子たちを黙らせたかったんだよ」


「でも……キスなんか普通する……?」


「素直が泣いてたからじゃん」


「なんであたしが泣くと、ほかの人と……キス、するわけ!?」


「一秒で話終わらせちゃえばいいと思っただけ。言葉の通じない女子なんか黙らせて放って、一秒で素直のこと助けたかっただけ」


「……は、はぁ?」


「でもそのせいで素直に幻滅されるかも、って考える時間はちょっと足りなかった。俺、素直が泣いてるのぼーっと見てるなんて耐性なくて。急いじゃった。ごめんね」



――ごめん。ってそんなまっすぐな目で言われても。


意味、わかんないもん。



「でもあたし、理太のキスシーンが頭から離れない」


「うん。ごめん。もうしない」


「当たり前だし……。理太、やだ……」


「どうしたら許してくれる?」


ふわりと頬に触れる手に、どきっとして、逃げるように顔を真横に背けた。


「……知らない。無理!」


ドキドキしながら、そう言ってしまうと、


「……強情だね」と、理太はため息をひとつ吐いて。



ヘーゼルの瞳に宿るしおらしさはどこかへ消えていて、気づけば悪魔の色をしている。


「……それでさ。なんでそんな怒ってんの?」


つん、とあたしネクタイを引く理太。