「いけませんわ! 穴から他のゴブリンが出てきます! 二手に分かれましょう!」
「ヘルベルト! フリードリヒ! ファイターを頼む!」
「っ!」
——『自分で判断して、指揮してみせな。そのための機会だよ』
リズにそう言われていたのに、ヘルベルトはその機会をまんまと逃した。
ヘルベルトにそう指示してきたのはロベルト。
彼はエリザベートとともに左右から、ファイターのあとから出てくる通常ゴブリンを倒しにかかる。
適切な判断だと思う。
その適切な判断を、本来ならば自分が下さなければならなかった。
なぜできなかった?
できたはずだ、今までの自分であれば。
冷静であれば。
できたはずのことすら、できなくなっている。
『苦しくても、苦しくても』
足掻くしかない。
でも、その“足掻く”すら、どうしたらいいのかわからなくなっている。
「ヘルベルトさん!」
「っ!」
飛んできた鉄球を、フリードリヒの槍が掠めて軌道を逸らす。
だが鉄球よりもはるかにか細い槍の先端では、軌道を逸らしただけで刃が欠ける。
二度目はない。
その上、フリードリヒの額には切れ目が走る。
鉄球の棘が掠ったのだ。
モナがすぐに治癒の魔法をかけるが、流れた血は残る。
「あ……」
脳裏によぎる、リズの言葉。
足掻け。もがけ。苦しくても、苦しくても。
——『ヘルベルト、君はどんな勇者になりたい?』
あの夜に問われた。
自分は、どんな勇者になりたいのか?
——『ボクが昔会った勇者は、アホでバカで脳筋で、本当にどうしようもないくらいどすけべでしょーもない奴だったけど……でも優しかったよ。自分の身を呈しても仲間を守ろうとする男だった。だからボクもアイツを守ろうと思ったんだ。命を懸けて』
なにを言っているのか、わからなくなる話だった。
彼女はまだ八つの少女。
彼女の知る『勇者』とはなんだ?
だが聞ける空気ではなかったし、ただその言葉が重い。
(私はどんな勇者に……)
フリードリヒが振り上げた鉄球を避けながら、突進する。
その槍の刃は欠け、到底あの巨体に致命傷を与えられないだろう。
それでも駆ける。
マルレーネがロベルトとエリザベートが取りこぼしたゴブリンの頭を射抜き、モナが回復と身体強化をエリザベートとフリードリヒにかけていく。
みんな戦っているのに、ヘルベルトだけが動けない。
——そう、動けなかった。
(私は……私は……)
義務感だけでこれまで歩いてきた。
父に侮蔑にも似た眼差しと、母に憐憫の眼差しで見つめられながら。
嫡男として生まれておきながら、【勇者候補】の天啓を与えられて、家を継げなくなった。
まだ幼い弟たちに「あとを頼む」と出てきて、ただ『勇者特科』を出たあとに家を助けられる騎士になれるように努力てきたのがヘルベルト・ツィーエという男だ。
だから、わからなくなった。
周りの【勇者候補】たちも、同じだったはず。
ここを出たあと、自分と同じく平民に近い、腫れ物のような人生を送るのだと。
なのに彼らはどんどん変わる。
アーファリーズ・エーヴェルインが来てから、彼ら彼女らは変わった。
前向きに自分の未来を考え、エリザベートとロベルトは諦めていた結婚する未来を手に入れたり、マルレーネは本来の彼女を取り戻し、フリードリヒとモナは冒険者という道を手に入れた。
(なぜだ)
ヘルベルトだけが取り残されている。
流れるような定まっていた未来を、自分以外のみんなは覆そうとしているのだ。
無駄なことだ、できるはずがないと、言い切れないほど——彼ら彼女らは強くなっていく。
成長していく。
ヘルベルトを取り残して。
「ヘルベルト! やる気がないのなら下がりなさいですわ!」
「っ!」
エリザベートの声にまた現実に意識を引き戻される。
その瞬間——。
「ヘルベルトさん!」
今度はフリードリヒの声。
ダメだ、ヘルベルトには状況が飲み込めない。
鎖の音や、仲間の声、目の前に迫るファイターゴブリンの拳。
あれを喰らえば頭が吹き飛ぶということだけはわかる。
——『ヘルベルト、君はどんな勇者になりたい?』
(わからない……)
その問いかけに、ヘルベルトは答えを出せない。
だってずっと、【勇者】など御伽噺の中の存在で、今や呪いのようなものだと思っていた。
自分はこの【勇者候補】という役割を、『勇者特科』とともに卒業したら、騎士になる。
そうして家に迷惑をかけず、せめて自分を憐れみながら送り出してくれた母に生きて頑張っているのだと名が届くくらいには活躍してひっそり生きていければと思っていたのに。
「——っ!」
ヘルベルトの腹にフリードリヒがしがみついて脇に飛ぶ。
ファイターゴブリンの拳はヘルベルトのいた場所を抉り取るが、衝撃はフリードリヒの槍を真っ二つに折った。
体躯の割に素早く態勢を立て直すファイターゴブリンが、倒れ込んだフリードリヒとヘルベルトの方を向く。
「フリードリヒ! ヘルベルトさん!」
モナの声にフリードリヒがヘルベルトの上から立ち上がって構えようとする。
だが、槍は折れた。
武器がない中、フリードリヒは「借ります!」とヘルベルトの大剣を構える。
その姿に、目を見開いて魅入った。



