本当は何を言いかけたのだろうか。
優しい瞳がふい、と逸らされてしまった。
くすぐったい言葉に胸が揺さぶられて、自分自身で驚いている。まさか、専務相手に胸がざわざわする日が来てしまうとは思ってもいなかった。
とてもおこがましいことを感じているのではないだろうか。
驚きすぎて、焦りすら感じている。
『今はプライベートな時間ですし』
気を取り直したらしい人の言葉に恐縮して、結局名前で呼ぶのは断念して、橘さんと呼ぶに留めることになった。
橘さんももちろん私を佐藤さんと呼んでいる。
よくよく考えたら、昼間のカフェで専務なんて呼ばれるのはいい気持ちではなかったのかもしれない。気遣いのできなさにへこみつつ、その日は解散になった。
必ず何とかすると言う橘さんの言葉にうなずいて、翌週のデートでまた悲壮な面持ちを浮かべている人に、すこし笑ってしまったのがいい思い出だ。
2度目は会長が投資しているらしい水族館へと訪れて、橘さんが女性関係に苦労する体質らしいことを聞いた。曰く、順当に付き合っていたはずが、いつの間にか相手を追い詰めて、依存させてしまうらしい。
橘さんから依存という言葉を聞くこと自体に違和感があって、また呆然としてしまった。
「例えば、あまいケーキにも、塩分とかスパイスって必要だよね? でも、俺にはそれがないんだ」


