「柚葉さん」

「わ、」


後ろから声がかかる。思ったよりも時間が経ってしまっていたみたいだ。振り返って、ソファに腰かけている人と目が合ってしまった。


『俺と契約結婚、してくれませんか?』


持ち掛けられた時には、ひどく驚いた。狼狽えていたともいえる。遼雅さんには、そういうふうには一切見えなかったみたいだけれど。


「柚葉さん、こっちきて」

「……何する気ですか?」


手を広げて、すでに待ち構えている。

契約結婚を持ち掛けられたはずだ。利害の一致で、婚姻届にサインした記憶もある。


「キスするだけです、ダメでしょうか」


それがどうして、こうなったのか。不可思議すぎる。ぼうぜんと見つめていたら、遼雅さんが小首をかしげてこちらを見つめてくる。

可愛らしい仕草を仕掛けてくる年上の男性。というか会社の専務だ。


「柚葉、おいで」


温厚そうな声に誘われたら、断るすべなどなくなってしまう。

おそるおそる近づいて、すっぽりと抱きかかえられる。結婚の契約に、こういうものも含まれているのだろうか。ちらりと上を向いたら、額にちゅうっと口づけられた。

目がまわる。


「かわいい」


たぶん、契約の範囲内に、含まれているのだろう。覚えなおそうと決意して俯いた。

気にしたら負けだ。

表情筋が仕事をしない24歳OLは心を殺して、心地よい胸に額を擦らせている。一人がさみしかったのは本当だ。


「遼雅さん」

「うん?」

「眠ってしまいそうです」

「あはは、いいよ。ずっと抱きしめていようか?」

「お布団に……」


とにかく、橘遼雅の腕の中が心地よすぎるのがよくない。


「……おやすみ、かわいい奥さん」


本当に、どうしてこんな生活になったのだろうか。