【12/18番外編更新】あまやかしても、いいですか?【完】


橘専務の靴の音は、いつも丁寧に鳴らされていると思う。少し早めの歩調なのに優雅な印象を受けるから不思議だ。

秘書になってから、初めに覚えた足音が橘専務のものだった。


星でも飛んできそうなくらいの爽やかな笑みに、内心常にどぎまぎしてしまっている。

気を取り直して立ち上がって、外から帰ってきたばかりの人に駆け寄った。

コートを受け取ろうと手を出せば、首を傾げた専務が自身の大きな手を私が差し出した両手の上に乗せた。

なおも不可思議そうにこちらを見つめてくる。


「えっ」

「うん?」

「ちょっと、専務!? セクハラ!」


後ろから先輩の声が飛んで、専務の目がまるく見開かれてしまった。自分がしていることがセクハラに当たるのだと驚いているらしい。


「あ、ごめん。え、っと手、出してくれたから」

「あの、コートを、お預かりしようかと」


会長の時にやっていた癖がつい出てしまった。

専務は極力自分のことは自分で片付けようとするから、コートをかけてもらう習慣がなかったことを今更思い出した。

私の行動に合点が行ったらしい人がさらりと手を離して、さも楽しそうに笑っている。


「あはは、ごめんね。てっきりお手か何かかと思ってしまいました」

「いえいえ! とんでもないです。すみません、ちょっとぼうっとしていました」

「かけてもらうほど立派なコートでもないですから、自分でします」