秘書として仕事をしている間も、最近はすこし表情が緩んでいるように見える。
柚葉のあの冷静そうな仮面は、すでに剥がれかけだ。社内でも噂になるほどだというのに本人はまったく気にしていない。
部署を変えるくらいなら、柚葉を辞めさせると言ったら、淺野はあっさりと現状維持を認めてきた。それ以降結婚を機に女性が部署移動を余儀なくされる悪しき風習もなくなってしまったらしい。
青木さんからは電子メールが届いていた。
“やっぱり佐藤ちゃんに手、出したんですか。でも橘専務のおかげで営業に復帰できそうです。佐藤ちゃんには悪いけど、助かりました”
とっくに俺が柚葉に惹かれていたことは勘付かれていたらしい。
育児休業後は、営業に戻って働きたいと申し出ていると聞いた。柚葉はこれからも俺付きの秘書として、一人で業務を遂行することをさみしがっているように見えたが、あいまいに流した。
柚葉一人でいい。
もう一人秘書をつけるかどうかと打診されていたが、それは柚葉の妊娠がわかってからでいいだろう。
「わたし、も、愛です」
ぼやりと考え込んでいるうちに、耳元に囁かれる。
幸福な音で朝がはじまる日が、こんなにもそばに在ったとは知らなかった。毎日気づかされる。


